罪深く、私を奪って。

明るいお節介

明るいお節介



「あ、石井さんだー!」
「ほんといい男だよね」
仕事中、彼がエントランスを通るとすぐにわかる。
「そういえば、この前総務の子が告白してフラれたらしいよ」
「へぇ。石井さんにフラれた女の子って何人目だっけ? やっぱり彼女いるのかなぁ?」
女の子たちの楽しげな会話。
期待と諦めの混じった視線。
彼が通るだけで、その場が微かにざわつきはじめる。
私は手元に目を伏せ、仕事に没頭しているフリをする。
けれど私の全神経は勝手に彼の方にすいよせられる。
きっとこれは、あれだ。
彼を嫌悪するあまりに、逆に気になっちゃうんだ。
女の子たちの視線に気づいているクセに、そんなのまったく気にせずに歩いていく石井さんの背中。
私はその背中を睨んで小さくため息をついた。
あのエレベーターの中で私の耳にピアスを付けてくれて以来、石井さんとまったく話すことはなかった。
それもそうだ。
石井さんと接触しないように、気を付けてるんだから。
もう、彼に関わらないようにしよう。
そう心に決めて、彼の姿を見かけるとすぐにその場を避けるようにした。
彼と顔を合わさないように細心の注意を払った。
だけど、そんな私の気持ちが馬鹿馬鹿しくなるくらい、彼は私に関心を持ってないみたいだった。
仕事中偶然彼と遭遇しても、彼は私に見向きもしない。
私なんて、気にもしない。
私なんて、視界にも入らない。
私なんて。
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