おてんば男爵令嬢は事故で眠っていた間に美貌の公爵様の妻(女避け)になっていたので土下座させたい

情報共有

「キスでもしてみるか?」

イェルガーは壁に貼られた「夫婦」の文字を見ると、前向きな肯定と取ったらしくそんなことを言い出した。少しずつと言ったのは誰だったっけ。

「その前に私たちにはもっと話し合いが必要です。お互いの過去についての情報共有ですわ」

キリッとした表情で言ってみた。

「過去か、前に話したが?」
「ノンノン! あれだけでは足りませんことよ。もっとお互いの人となりを理解するためのものです」

自分なりの令嬢の言葉を話しながら、差した人差し指を横に振るセイラ。

「そうか、今更だな」
「では、恋バナでもします?」

セイラはニヤニヤした。

「悪いが恋と言われるような話はない」
「そうですか、モテモテなイェルガーさんは自分から好きになったことがないんですね!なるほど」

メモをとるセイラ。

「まぁ、自分で言うのもなんだが近からず遠からずだな。どこへ行っても争いの火種になる」
「争い? たとえば?」
「幼い頃は、どっちが俺と遊ぶかでもめ出してワンワン泣いたり、俺の私物を盗んだあげく取り合いになり……」
「あー、なるほど」
「自称婚約者がわんさかいた。女に囲まれた俺は男に嫌われ、石を投げられたこともあったし」

「ひどいですね」

「笑顔を向けたり、目が合った日には自称恋人候補が掴み合いのケンカをしていたこともあった」

「そうですか……想像以上でした」

今度はセイラが表情を無くす番だった。
目の前のイェルガーが言うと現実なんだろうと思う。それで彼は無表情なのか。
立派なお家柄に魔性の顔面、背も高いしシュッとしていて貴族の女性方はお好きだろう。性格は本来、真面目だし。

セイラひとりでその争いは止んだのだろうか心配になってきた。

「今も自称愛人がうようよいるのでしょうか?」
「ああ、そうかもしれないな。いまだに知らない婦人達から恋文が届く……」
「狂気の沙汰ですね」

思い描いていたイケメンの生態と違いすぎてビビる。

「こんな話が面白いのか?」
「まぁ、それなりには。想像とだいぶ違いましたが」
「そうか。セイラはどうだった?」
「イェルガーの後だとインパクトはないですが、私の初恋は八歳の頃ですね。学祭の子ども仮面舞踏会で踊った人ですね。別の学園の子で名前もわからなかったのですが……」

「そいつのどこが良かった?」
「何度足を踏んでも涼しい顔でリードしてくれて、鳩尾に肘が入ったけど怒らずに最後まで踊りきりました。普通は途中で逃げられるのですけどね」
「ほう、良いやつだな」
「そう! 包容力が半端ない感じですわ」

セイラはキラキラ目を輝かせた。

「俺なら逃げるな」
「そうですか? 私はそうは思いません」

セイラが笑顔を向けるとイェルガーはなぜだか動揺した。
イェルガーは黒髪で、その少年は淡い金髪だった。眼の色も違ったので確実にイェルガーではない。

「俺は逃げる……そんな良いやつじゃない」

セイラはイェルガーの首に飛び付いた。

「なんだ? そんな雰囲気じゃなかったが?」
「良いんです。良いんです!」
「そうか」

イェルガーはそっとセイラの背に手をまわした。

「名前で呼んでくれましたよねっ」

ぎゅうぎゅう抱き締める。
夜十時十二分、そろそろ寝る時間だ。
今日はぐっすり寝られそうだ。
イェルガーが帰ったあとも微笑んでいた。
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