おてんば男爵令嬢は事故で眠っていた間に美貌の公爵様の妻(女避け)になっていたので土下座させたい

五十五分間

「では、山猿の姫」

「セイラです。名前よりあだ名が長いっておかしくない?」

山猿が気に入ったのか、二人きりの時にはイェルガーはセイラをあだ名で呼んだ。ボロがでなきゃ良いけどと思う。

(仮面野郎って呼んだろか! あっ、仮面に失礼かな?)

イェルガーは毎日、夜の九時に来て九時五十五分には戻っていく。

「ご主人様、地獄です……ウホウホ」

その独り言を聞いた侍女がいぶかしむ。

イェルガーというご主人様に飼われている山猿セイラという関係しか思いつかない。

(あっ、そういうプレイではないよ。どう考えても夫婦というのには程遠いのよね。仮面夫婦だからいいのか)

イェルガーがいる五十五分間は正直きつい。何を話していても無表情なのだから。そしてこちらの話に興味が無いので相づちが短い。すぐセイラのターンだ。疲れる。

(私といて楽しいですか? お仕事をしてていいんですよってなる)

そこまでいい人の設定を守らなくてもよくないだろうか。真面目なんだか不真面目なんだかわからない。

(見た目はアレだけど顔面筋とトーク力に難があるから実はモテなさそう……まぁ本人がモテることを望んでないから良いか。プライド高そうだし、そこは触れないでおこう。私はもしかしたら女神様なのかもしれない、優しすぎる)

そうして眠りにつこうとしたとき、気づいてしまった。

自分の頭の中がイェルガーでいっぱいになっていることに。

「あわわわわ! これはマズい」

紙に「さとり」と書いて「殴る」の紙の横に貼って眠った。
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