図書館の地味な女の子は…

14話 これは現実なのか

大毅の家に着いた頃には、空はすっかり暗くなっていた。

カレーの匂いに包まれたリビングは、どこか懐かしくて温かい。笑い声がよく響く。

「ええ匂いやろ? うちのカレー、ちょっとだけスパイス効いとんねん」
そう言ってにこにこ笑うのは、大毅の母親だった。
「ゆうくんも、たんと食べや〜。あんた、細いからもっと太らなあかんわ」

祐也は笑って「ありがとうございます」と頭を下げた。

澪は最初こそ少し緊張した様子だったが、大毅の母親の柔らかい空気にほぐされたのか、徐々に穏やかな表情で笑うようになっていった。

その澪の顔を、祐也はふと見つめる。

(……春川、こんな表情するんだな)

家族のような団らん。穏やかな会話。


「ごはん食べ終わったら、ちょっと散歩でもせえへん? アイス買いに行こや」
そう言ったのは大毅だった。

「いこ!」
祐也が答えると、澪も「……うん」と小さく笑った。

夜風は思っていたよりも涼しくて、コンビニまでの道のりを歩きながら、三人はくだらないことで笑い合った。

「なんか、修学旅行の夜っぽいな」
祐也がぽつりとこぼすと、大毅はニヤリと笑った。
「せやろ? お泊まりって、なんかワクワクすんねん」

コンビニでアイスを買い、帰り道でもじゃれ合いながら、まるで子供に戻ったみたいだった。

* * *

「布団、もう敷いといたで〜」
大毅の母が声をかけてくれ、三人は並んで寝ることになった。

「澪、ちゃんと寝られそう?」
祐也が聞くと、澪はコクリとうなずいた。

「ありがと。……なんか、楽しかった」

(……春川の素顔、少しずつ見えてきた気がする)

そんなことを思いながら、祐也は眠りについた。

* * *

夜中。

祐也はふいに目を覚ました。
喉が渇いて、そっと布団を抜け出す。

トイレを済ませて部屋に戻ろうとしたとき、ふと違和感に気づいた。

布団が、二つ、空になっていた。

「……え?」

静まり返った家の中。
祐也は不安を胸に、そっと階段を下りた。

廊下を進み、リビングの奥、ふとした影を見つけて足を止める。

――そこには、倒れて動かない大毅と、

その首元に手をかける澪の姿があった。

「っ……な、にして……」

目を疑った。

その手は、迷いなく、大毅の首を――

「あれ?祐也くん?見ちゃった?」

そう零は一言放ってこちらに近ずいてくる

「零っ」

祐也の視界が、揺れる。

心臓の音が遠のいていく。

気を失う直前、見えたのは、澪の不気味な横顔だった。

* * *

――朝。

まぶしい陽射しと、鳥のさえずり。

祐也が目を開けると、そこは布団の中だった。

横には、大毅と澪。まだ二人とも寝息を立てている。

(……夢?)

頭がぼんやりする。

昨夜見たあの光景は、ただの悪夢だったのか。
でも、胸の奥に残るざわつきが、それを否定するように脈打っていた。

気づいたら、もう朝の7時半を過ぎていた。
布団の中で目をこすりながら、祐也はぼんやりと天井を見つめる。身体は重いけれど、なぜか眠りは浅かった気がした。

「んっ……おはよぉ」

少し掠れた声が布団の向こうから聞こえる。
見ると、澪が髪をくしゃくしゃにしたまま、眠そうに起き上がっていた。

「あ、おはよう」

「……寒い。毛布、取られた気がする」

「え、俺じゃないよ……たぶん大毅だと思う」

「そっか」

澪はあくびをしながら、祐也の隣にぺたんと座り込んだ。
その仕草が、いつもの無表情とは少し違って、祐也は思わずじっと見つめてしまう。

(……やっぱり、あれは夢だったのかな)

でも、心のどこかに、昨夜見た“あの光景”がくっきりと焼きついていた。

「おーい、朝メシできとるぞー!」

キッチンから大毅の母親の声が飛んでくる。
3人はゆっくりと立ち上がり、リビングに向かった。

朝ごはんはトーストと目玉焼き。どこか懐かしい匂いがした。
笑い声の混じる食卓で、大毅の母と何気ない会話を交わしながら、祐也は“普通の朝”を無理やり心に刻み込もうとしていた。

けれど――

* * *
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