図書館の地味な女の子は…

17話 尾行

放課後。

澪は、いつもならまっすぐ図書室に向かうはずだった。
だがその日は、鞄を肩にかけると、無言のまま教室を出ていった。

(……図書室、行かないのか?)

その背中を見て、祐也はなぜか無性に気になって、そっと後をつけることにした。

下駄箱を過ぎ、裏門の方へ。
澪の足取りは一定で、どこかに目的があるようだった。

物陰に身を隠しながら、慎重に距離を取ってついていく。
そんな“探偵ごっこ”のような行動に、自分でも苦笑しかけたとき――

「……何してんねん、おまえ」

突然、背後から声がして、祐也はビクッと肩を跳ねさせた。

振り向くと、大毅が立っていた。
コンビニの袋を片手に、半笑いで祐也を見下ろしている。

「まさかとは思ったけど……春川のあとつけとんの?」

「ち、違っ……いや、違わないけど……!」

「うっわ、ほんま悪趣味やなぁ祐也。おまえ、そういうキャラちゃうかったやんか」

「うるさいな……っ、気になっただけだよ。最近、ちょっと変だから……」

大毅は笑いながら、袋の中からペットボトルを取り出して口をつけた。

「そりゃまぁ……澪って昔っからちょっと変やけどな。せやけど、尾行はあかんやろ」

「……分かってるよ。でも、放っておけないんだ」

そう言うと、大毅はしばらく黙って祐也の顔を見たあと、肩をすくめた。

「ま、ええけどな。なんかあったら、また言えよ? うちの母ちゃん、零のことめっちゃ気に入っとるし」

「……うん、ありがとな」

「ほな、うちはこっちやから。また明日な」

手を軽く振って、大毅は別の道へと歩いていった。

その背中を見送り、祐也は再び視線を前に戻す。
けれど澪の姿は、もうすでに見えなくなっていた。

「……どこに行ったんだよ、零」

夕焼けに染まる空の下、祐也の胸には、またひとつ重たい疑念が芽生えていた。


大毅と別れたあと、祐也はひとりで歩き続けていた。
澪の姿はどこにも見えない。
彼女が向かった先も、目的も分からないまま、足だけが無意識に動いていた。

(……しまったな。大毅と話してる場合じゃなかった)

そんな風に思いながら、住宅街の外れに差し掛かったとき――ふと、祐也の足が止まった。

その先に、人影があった。

電柱の影に、澪が立っている。

制服姿ではない。
彼女はいつの間にか、黒いフード付きの服を羽織り、その顔は陰に隠れていた。

そして彼女の前には、もう一人、見知らぬ人物。
同じく黒ずくめで、顔がよく見えない。が首には無数のタトゥーが入ってた

祐也は、息を殺してその場にしゃがみ込んだ。
二人の会話は、風に流されてほとんど聞き取れない。

けれど、ただの雑談ではないことだけは、直感的にわかった。

やがて、澪がその人物と並んで歩き出す。
向かった先は、駅から離れた路地裏。
廃屋のような古びた建物に、躊躇なく入っていった。

(……なに、してんだよ、澪)

祐也の心臓が、ドクンと大きく脈打った。

胸の奥にわき上がるのは、不安か、恐怖か、それとも――

澪の背中が見えなくなった瞬間、もう一度あの“夢”が脳裏によみがえった。

首を絞めるその手。
不気味な顔。
逃げ場のない冷たい目。

(……あれ、本当に夢だったのか?)

立ち止まったまま、建物を見つめる祐也の足は、しばらく動けなかった――。
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