図書館の地味な女の子は…

2話 追いかける目

……ただ、俺は知らなかった。
あのとき目が合った、その瞬間から、何かが変わり始めていたことを。

彼女の名前も、クラスも、何も知らない。
でも、彼女の座る窓際の席、開く本のジャンル、ページをめくる指の動き――
気づけば、そんな些細なことばかりが目に焼きついていた。

それが、ある日ふと、小説のネタになった。

「静かな図書室に現れた、無口な少女」
「彼女の正体は誰も知らない」
「でも、彼女がページをめくるたびに、世界が少しずつ変わっていく――」

気づけば、俺の物語のヒロインは、完全に彼女になっていた。
フィクションのはずの物語の中で、彼女は言葉を話し、笑い、時に泣いた。
俺が書く中で、彼女はどんどん命を帯びていくようで――それが、嬉しかった。

「こんにちは!」
「……こんにちは」

いつも同じ会話。でも、その一言だけで、俺の中の“彼女”がまた前に進む。
彼女に話しかけるたびに、新しい一行が生まれる。

俺はいつしか、小説の中で彼女に恋をしていた。

現実の彼女は何も語らないけれど、物語の中の彼女は、俺の言葉で生きていた。
そんな勝手な感情が、どんどん加速していった。

そして俺は気づいてしまった。
小説を書くために図書室へ通っていたはずなのに、今は――彼女に会うために通っていることに
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