図書館の地味な女の子は…

20話 零side

――零 side

夜。
誰もいない廃屋の中、窓から差し込む街灯の明かりが、床にゆらりと影を落とす。

私は、静かに椅子に座っていた。
黒い服の男が一人、私の目の前に立っている。

「昨日の件、失敗だったな。邪魔が入ったと聞いた」

「……はい。想定外でした。次は、確実にやります」

感情のない声で、私はそう告げた。
まるで、何も感じていないかのように。

けれど――

(うるさい、うるさい……あの時、あと一歩だったのに……!)

頭の奥で、もう一人の“私”が叫んでいる。

狂気じみた声。
殺しに対して異常なまでに高揚し、快楽すら感じるような“私”が。

(大丈夫、次は成功する。次こそ、あの子を“消せる”)

私は、心の中でその声を宥めるように、ただ静かに目を閉じた。

――どうして、こんなふうになったのか。

それを思い出すたび、胸の奥が冷たくなる。

* * *

私は一時期ある「訓練施設」にいた。
両親は早くに死んで、引き取られた先が、そういう場所だった。

表向きは“孤児院”。
だけど、実態は違った。

感情を消す訓練、武器の扱い、標的の殺し方。

子どもたちは皆、“使える駒”になるために育てられた。

優秀だった私は、自然と「失敗の許されない仕事」を任されるようになった。

そして、その日々の中で――心が壊れていった。

もうあの頃のよく走り回ってた昔の私はいない

最初に現れたのは、“もう一人の私”。

殺すときだけ顔を出す、異常にテンションが高くて、笑いながら標的を追い詰める人格。

私は彼女に名前をつけていない。
それをすると、戻れなくなりそうだから。

けれど、あの人格は、私の中でもう一人の“本音”だったのかもしれない。

「やっと自由になれると思ったのに、なんでこんなとこにまた戻ってきたのかって?」

黒服の男に背を向けたまま、私は呟いた。

「全部、あの子たちのせいだよ。祐也、大毅……あの頃みたいに、笑わせないでよ」

一瞬でも「普通の生活」を思い出してしまったから。
一瞬でも「信じてもいいかも」と思ってしまったから。

心の奥に蓋をしてきたものが――壊れた。

だから、戻さなきゃいけない。
私の“本当”の場所に。

静かに、立ち上がる。

「週末。最後の機会ですね。必ず、終わらせます」

口元にだけ、うっすらと笑みが浮かんだ。
けれどその目には、冷たい闇しかなかった。

――私は、もう戻れない。

祐也にも、大毅にも、知られてはいけない。

本当の“私”を。
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