図書館の地味な女の子は…

22話 本番


土曜の午後。
風もなく、どこまでも静かな空だった。

だが、祐也と大毅の胸の内には、冷たい焦りと恐怖が渦を巻いていた。

二日前から準備してきた計画は、今がまさに本番。

「なあ、ほんまに今日来るんやろか……」
大毅が小さく呟く。

「……来るよ、絶対に」
祐也はリュックを背負いながら応える。

中にはスマホ用の充電バッテリーと録画用のミニ三脚、音声記録アプリを起動させたスマホがもう一台。

すでに家の中には三箇所、カメラをセットしていた。
リビング。玄関。そして、大毅の部屋。

表向きは、ただの「遊びに来た日常」。
だがその裏では、命を守るための準備が密かに進行していた。

大毅の部屋の扉には外から鍵がかけられるように、ネジで簡易ロックが取り付けられていた。

台所の包丁も、すでに全部親に頼んで隠してもらってある。

「まるで映画みたいやな……」
大毅が乾いた笑いをもらす。

祐也は首を振った。

「違うよ。これ、現実だ。俺たち……生き延びなきゃいけないんだ」

大毅はしばらく黙っていたが、ふと口を開いた。

「……ほんまやな。でも……幼馴染が殺し屋やなんて、未だに信じきれへん。昨日もさ、うちのオカンと普通に喋っててさ、むしろ“いい子”や言うてたんやで?」

「だからこそ、怖いんだよ。零は、そうやって“日常”の顔と“非日常”の顔を完璧に使い分けてる。俺たちが知らない“もう一人”の澪が……確かにいるんだ」

それを確信したのは、あの夜。

祐也が見た、“夢”のようで“現実”だった光景。
あの不気味な顔。そして、大毅の首に添えられた白い指。

あの瞬間を、祐也は一生忘れない。

いや――忘れてはいけない。

(たとえ、どれだけ穏やかに笑っていても。あの澪を……俺は、見たんだ)

そして時計の針が、午後三時を指したとき――

ピンポーン――。

チャイムが鳴った。

「……来た」

祐也と大毅が、互いに目を見合わせる。

心臓の音が、嫌なほど耳に響く。

「……いつも通り、な?」
祐也が低く言う。

「ああ、任しとけ」

大毅が立ち上がり、ドアを開けた。

そこに立っていたのは、何も変わらない“春川澪”だった。

長い髪を後ろでまとめて、ニコリと小さく微笑んでいる。

「おじゃまします」
変わらぬ無表情に、わずかな“人懐こさ”を混ぜた声。

それだけで、祐也の背筋はゾクリとした。

(……本当に、澪……なのか?)

玄関を上がり、スリッパに足を入れた澪は、いつものように静かに大毅の家へと入っていく。

何もかも、普通。

だが――それが逆に不気味だった。

***

夕飯は、唐揚げだった。

大毅の母親が揚げたてをテーブルに並べ、澪も自然と箸を伸ばす。

「うん……おいしい」

口元を綻ばせるその仕草に、大毅の母もにこにこしていた。

「澪ちゃん、もっと食べてな?」

「はい。ありがとうございます」

そのやり取りだけを見れば、どこにでもある、普通の家庭の光景だった。

だが、祐也の視線はずっと澪の指先と目線を追っていた。

どこか……僅かに違和感がある。
まるで“演じている”ようなぎこちなさ。

(やっぱり……今の澪は、“本物の澪”じゃない)

***

夜十時。

大毅の部屋に三人で集まって、トランプをしていた。

笑い声が上がる。
でも、心からは笑えない。

(……澪の目が、笑ってない)

夜も深まり、親に「今日は泊まっていってもらい」と言われた流れで、そのまま布団を敷くことに。

だが、準備はできている。

カメラはすでに作動中。
スマホも録音状態で枕元に置いてある。

(何かが起きたら……絶対に、逃がさない)

祐也は覚悟を決めた。

その夜――本当に澪が動くのか。
その“もう一人”が、現れるのか。

すべてが試される、“決戦”の夜が始まろうとしていた――。
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