社長秘書に甘く溶かされて

第1話 婚活パーティーの包帯男

「真奈美って小さい男の子好きなの?」

「え、いきなり何の濡れ衣?」

 会社での昼休み、同僚の女子社員に開口一番とんでもないことを言われ、冴原(さえはら)真奈美(まなみ)は即座に否定した。

「違う違う、このキャラ、見た目は子供だけど中身は1000歳の賢者なの」

「……は?」

「だから、見た目が幼いだけで、中身は大人。古の叡智を持つ存在ってやつ」

「いや、余計にわからん」

 真奈美が「もういいよ、非オタには難しい話だったね」とお弁当をもぐもぐしていると、同僚は「いや、簡単にしたところで理解できる気がしない」と呆れたような声を出していた。

「私さすがにガチの子供はNGだよ」

「見た目は一緒でしょ」

「わかってないなあ。幼い顔立ちなのに妙に悟ってるのがいいんだよ」

「わかるか、そんなん」

 同僚は笑いながらツッコミをし、その受け答えで満足したのか、話題は次に移った。
 真奈美も既にお弁当を食べ終えて、休み時間を潰そうとスマホを取り出して画面をつける。
 ――と、結婚相談所からメールが来ていた。

(ふーん、婚活パーティーか……)

 結婚相手を探そうというより、共通の趣味を持つ異性が欲しくて登録した。
 そもそも、婚活を始めたきっかけは、先月のオタク友達の結婚報告である。
『一緒にゲームしてた仲間が、いつの間にかリア充になっていた』という現実に直面し、ふと不安がよぎったのだ。
 SNSでは趣味の合う人は見つかる。けれど、それはあくまでオンライン上の付き合い。
 自分の部屋で、彼氏と並んでゲームをして、夜更かしして、時にはくだらないことで笑い合って……そんな相手が欲しい。
 だから、『婚活』というよりは、『同志探し』のつもりで登録したのだ。

 まあ、物は試しか、とそのパーティーに予約を入れてみる。

 ――婚活パーティーが開かれたのは、5月の爽やかな初夏の日だった。
 男性女性同数くらいで組まれた、ホテルのラウンジを借りた会場はザワついている。
 男性参加者の中に、明らかに異質な存在がいた。顔――というか頭全体を包帯で巻いている。しかも、服装はきちんとしたスーツ姿。そのギャップが、かえって不気味だった。

「ねえ、あの人、本当に参加者……?」

 女性たちはあからさまに怯えている。

「ミイラじゃん、ヤバ」

 包帯男を嘲笑する声もあった。
 参加者の中には面白半分にスマホを向けて撮影する者もいたが、男がジロっと視線を向けると、慌ててスマホをしまって知らん振りをする。

 パーティーが始まってからも、包帯男は部屋の壁に寄りかかってグラスを空けているだけだし、誰も話しかけない、近寄らない。ただひとりを除いては。

「こんにちは! 少しお話してもいいですか?」

 真奈美は気さくにミイラ男に話しかけた。彼女は知らない人にもガンガン声をかけるタイプである。

「ええ、構いませんよ」

 包帯男の声は思いのほか爽やかなイケメンボイスだった。自己紹介カードを見せ合うと、「永井(ながい)鷹夜(たかや)・32歳」と書かれている。
 二人は別の会社ではあるが同じ製菓業界の人間ということで「奇遇!」と盛り上がった。

「冴原さん、25歳なんですね。婚活を考えるにしては少しばかり、お早いように思えますが」

「いやぁ、ちょっと事情がありまして」

 そのあと会話に花が咲いたが、残念なことに真奈美の好きなゲームには疎いらしい。彼女は「うーん、今回の参加者はゲーマーいないからハズレかな」程度にしか思っていない。
 鷹夜の顔を覆っている包帯については聞くかどうか迷ったがやめておいた。本人も気にしているかもしれない。火災か事故にでもあったのだろうかとは思うのだが、そんな状態で婚活パーティーに来るのが不思議だった。

 婚活パーティーのイベントはどんどん進み、最後にマッチング。お互いに胸に差した花を渡し合い、交換できればマッチングが成立する。
 真奈美は誰にも渡さず辞退するつもりだったが……。

 そっと差し出された青いバラ。
 真奈美の前に立っていたのは包帯男だった。

「え、マジ……?」

「あの女の子、可哀想に……」

 またもや会場がざわめく。だが、真奈美と男の間には一切耳に入らなかった。

「私でいいんですか」

「あなたがいいのです」

 鷹夜がゆっくりと包帯を外す。
 顔の火傷か怪我でも見えるのではないかと小さく悲鳴をあげる参加者たち。
 その素顔は――。

(美少年……?)

 一瞬、年齢が分からなくなるほどの美形だった。
 女性のように目がぱっちりと大きく、色素の薄い灰色の目と髪の毛は外国の血が混じっているのだろうか。形の良い唇は艶々としていて、陶器のような白い肌に咲く薔薇のつぼみのようだった。
 その瞳には優しげながら寂しそうな光が宿っており、どこか幸薄そうな雰囲気を放っている。
 まるで人形のように整った顔立ち。その完璧さに、思わず息をのむ。美しさに見とれたまま、真奈美は言葉を失っていた。

 そんな銀髪碧眼のイケメンが現れたとなれば、女性たちが食いつかないわけがない。
 それまで遠巻きにしていた女性たちのうち、何人かがざわざわと動き出した。

「……えっ、普通にイケメンじゃない?」

「ちょ、ちょっと待って、さっきの包帯は何だったの!?」

 最初は半信半疑だった女性たちも、誰かが勇気を出して話しかけると、一斉に鷹夜の周りに集まり始めた。
 これまで気味悪がっていたのが嘘のように真奈美を突き飛ばし、「私の花を受け取ってください!」と大挙する。
 真奈美は「いてっ」程度でさして気にしていなかったが、銀髪の男は怒りを顕にしていた。

「見苦しいですね。人を見かけでしか判断できない人たちは」

 女性たちを失望の視線で睨みつけながら、真奈美に手を差し伸べて抱き寄せる。

「僕はこの方に決めました。他の誰にも花を渡すつもりはありません」

 そして、鷹夜は真奈美に至近距離で顔を向けた。その優しい眼差しは彼女にだけ捧げられている。

「僕とお付き合いしていただけませんか」

***

「へえ、それで真奈美も花渡したんだ」

「なんか、いい人そうだなーって思って」

 翌日の昼休み、同僚に話すと聞いていた周りまで「おめでとう」と拍手してくれた。

「相手、どんな人なの」

「どこかの会社の社長秘書やってるとか言ってたよ。有名大学も卒業してるみたい」

「ふーん、頭のいい人ってそういう奇行が多いのかねえ」

 たしかに、わざわざ包帯を巻いて婚活パーティーに出るのが奇行なのは事実なので、真奈美は何も言わない。

「結婚を前提に付き合う割には、相手のプロフィールうろ覚えなんだね」

「うん、そんなに興味無いから」

 包帯男――永井鷹夜が社長秘書をしていようが高学歴だろうが、真奈美にはさしたる問題ではない。
 自宅で一緒にゲームをする仲間を作るために、彼にゲームを教えなければいけないのだ。
 真奈美はスマホの画面をつける。
 メッセージアプリには、鷹夜からの「夕食でも一緒にいかがですか?」という内容の連絡が来ていた。

***

「真奈美さん、帰りも遅いですし、送っていきましょうか」

「そうですねえ……」

 鷹夜の紹介してくれた店はかなり良かった。
 値段もぼったくりというほどではなく、それでいて料理の質は高い。また行きたい店だと思った。
 彼は人当たりがよく、真奈美が店で不便な思いをしないように気配りも行き届いている。

 夜の街ではライトやネオンに照らされて、鷹夜の色素の薄い髪がキラキラと輝いて見えた。すれ違った女の子たちがヒソヒソキャーキャー言ってるのも十中八九、彼の話題に間違いない。ちなみに、この頃には既に包帯もしていなかった。

(――ただ、これで私と趣味が合えばなあ……)

 鷹夜との相性は悪くない。そもそも幼顔の成人男性が好きな真奈美にとってはこれ以上ない好条件だ。あとはゲームを好きになってくれれば。

(……あ、そっか)

 ここで、真奈美は「名案」を思いついてしまう。

「今日、うちに上がっていきませんか」

「えっ……」

 鷹夜の目が大きく見開かれる。ほんのり頬が赤いのは、ライトのせいだろうか。

「……よろしいのですか?」

「あ、はい。ちょっと見せたいものがあって」

 彼は軽く咳払いをし、掠れた声で、「……で、では……お邪魔させていただきます……」と真奈美の手に指を絡ませる。

 真奈美の家はマンションの15階だ。
 防音もしっかりしており、近隣住民がいるのかも分からないほど静かである。
 鷹夜をあげた後、鍵をかけるのは防犯のための癖のようなものだ。
 真奈美は自室に鷹夜を招き入れる。

「あ、その辺に座っててください。私、準備があるので」

 真奈美の考えた「名案」は、実際に鷹夜を家に連れてきてゲームを一緒にやるうちに、共通の趣味が持てるのでは? という企てであった。

 しかし、鷹夜は真奈美の手首を掴む。

「ん?」

 彼女が考える隙を与えないかのように手首を引いて抱き寄せられる。そのまま自室のベッドに押し倒され、鷹夜が覆い被さるようにして真奈美をベッドに縫い付けた。

「……あのー、鷹夜さん?」

「真奈美さん……」

 真奈美を見下ろし、はあ……と彼女にかかる鷹夜の吐息は熱い。
 ……え? もしかして……?
 ここでようやく、真奈美は己の過ちに気づいた。
 しまった、なにか誤解を招いている気がする……!

「あっ、違うんです! 私、鷹夜さんとゲームがしたかっただけで――」

 途端、首筋に顔を埋められ、軽く歯を立てて甘噛みされる。ビクッと肩が跳ねた。

「真奈美さん、婚活パーティーの目的、教えてくれましたよね。自宅で一緒にゲームできる異性の友達が欲しいって。でも、家に異性なんか呼んだら、こうやって簡単に食べられちゃうんですよ」

 目の前には、まるで少年のような顔立ちの鷹夜。しかし、その瞳は熱を帯び、無垢どころか――獲物を見定める獣の目だった。ああ、この人は――子供ではないのだ。
 その目にゾッとして後ずさろうとしても、もう逃げ場はない。
 首筋をくすぐる熱。耳元をかすめる吐息。鎖骨の上に落ちる軽い歯の感触。息が漏れそうになった瞬間、唇を塞がれる――。いつもの鷹夜からは想像もつかない、荒々しい獣のような貪欲なキスだった。

「申し訳ありません。あなたを前にして、紳士でいられる自信がありません」

 囁くような声に、背筋がぞくりとする。
 鷹夜はまるで銀狼のような瞳で、じっと彼女を捕えた。
 ……でもなんでだろう、ドキドキする……。
 そんな倒錯した感情を抱きながら、逃げられないと悟ったのであった……。

〈続く〉
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