社長秘書に甘く溶かされて
第18話 いずれは籍を入れたい
その帰り、鷹夜が「一緒にマンションに帰りましょう」と真奈美を助手席に乗せ、黒塗りの車を運転して豪邸を出たところで、車の前に誰かが飛び出した。
キィィ――! 鷹夜が急ブレーキを踏む。シートベルトがなければ、真奈美は額を強く打ちつけていただろう。
いったい何者か、と思う間もなく、視界に赤が飛び込む。赤いワンピース――照代だ。
彼女が運転席側のドアに駆け寄る。しかし、鷹夜は無表情のまま、ドアを開けなかった。ごく細く窓を開けると、照代がバンバンと窓を手のひらで叩く。
「鷹夜くん、お願い、私と話をしましょう。助手席に他の女を乗せないで」
「あなたと話すことなど、何もありません」
「どうして、私に意地悪するの。私、鷹夜くんのためにこんなに尽くしているじゃない」
照代の言い分に、鷹夜は冷たい視線を向けた。
白髪碧眼の美貌が冷たく歪む。静かな怒りに、照代はわずかに身をすくませた。
「いい加減にしてもらえますか? 僕はあなたに付きまとわれて、昔から迷惑しているんです」
「そ……そんなわけない。鷹夜くんは私にそんなこと言わないもの」
「なら、僕は鷹夜じゃない赤の他人ということで、道を通してもらえませんか?」
鷹夜が冷淡な対応を繰り返すと、「どうして……」と照代がうつむき、肩を震わせた。
だが、次の瞬間、彼女はかっと目を見開き、まるで人が変わったように叫ぶ。
「嘘よ、嘘! 鷹夜くんが私を拒絶するなんて、おかしい! こんなの全部、あの女のせいよ!」
その目には狂気が宿り、頬を伝う涙を乱暴に拭うと、ガラス窓をさらに叩き始めた。爪が窓に引っかかり、きい、と嫌な音を立てる。
しかし、鷹夜は冷静に対応する。
「あなたは昔からそうだ。外面を繕い、自分を悲劇のヒロインに仕立て上げて、周囲の同情を引こうとする。ですが、それももう終わりだ。僕は、あなたを断固拒絶する。そして――僕の真奈美さんに手を出したあなたを、絶対に許さない」
「鷹夜くんは、私にそんなひどいことしない……!」
照代の手が、カバンの中に潜る。
一瞬、彼女の動きが止まったかと思うと、次の瞬間――ギラリと光る金槌を取り出し、力強く振り上げた。
「あなたを正気に戻してあげる!」
彼女の叫びとともに、金槌が振り下ろされる。狙いは、鷹夜の頭――!
おそらく、ドアを開けて外に出て彼女に対応していたら、殴り殺されていただろう。
ガシャン! と硬質な音がして、ガラスに蜘蛛の巣のような亀裂が入る。
「そこの女が鷹夜くんをたぶらかしたんでしょ! 私が正気に戻してあげる! きっと叩けばもとに戻るのよね?」
「僕を昭和のテレビと勘違いしてません?」
そこへ、パトカーのサイレンの音が遠くから聞こえてきた。照代はハッと顔を上げる。
「通報済みです。もう逃げられませんよ?」
助手席の真奈美がスマホを耳に当てながら、照代を睨みつけていた。
彼女とて、照代には腹を立てている。いつかは仕返ししてやりたかったのだ。
照代は真奈美を害虫でも見るような目で睨みつけ、金槌を地面に叩きつけると、踵を返して走り出した。
だが、その瞬間――。
「動くな!」
青い制服の警察官たちが駆けつけ、一瞬で彼女の退路を塞いだ。
照代は悲鳴を上げ、振り乱した髪のまま暴れまわる。
「離して! 私は悪くないの! 鷹夜くん! 助けて!」
だが、その声に耳を貸す者は誰もいなかった。
最後は警察官に腕をねじ上げられ、手錠の音が響く――。
駆けつけた警察官は、「細身の女とは思えない腕力だった」と額の汗を拭っていたのである。
こうして、照代は再び塀の中へ逆戻りすることになるのだった。
「これでようやく、安心して帰れますね……」
ホッと胸をなでおろした真奈美に、鷹夜は少し顔を赤らめながら、「あの、よければ……」と話を切り出す。
「もしよろしければ、なんですけど……これからも、僕のマンションで一緒に暮らしませんか? 真奈美さんのマンションの家具とか、全部僕の方に移しましょう。真奈美さんの個室にできる空き部屋、余っているので……」
「同棲したい、ということですか?」
きょとんとしながら尋ねる真奈美に、「同棲、と申しますか、その……」と鷹夜はさらに照れくさそうにしていた。
「その……いずれは籍を入れたいな、と……」
鷹夜は小さく咳払いをして、視線をそらした。
「あ、あの、でも、プロポーズはちゃんと後日、改めてしますから! だから今すぐ、というわけではなくて……でも、いずれは、必ず……」
しどろもどろになりながらも、必死に言葉を紡ぐ鷹夜。
その赤くなった耳を見て、真奈美は思わず笑ってしまった。
〈続く〉
キィィ――! 鷹夜が急ブレーキを踏む。シートベルトがなければ、真奈美は額を強く打ちつけていただろう。
いったい何者か、と思う間もなく、視界に赤が飛び込む。赤いワンピース――照代だ。
彼女が運転席側のドアに駆け寄る。しかし、鷹夜は無表情のまま、ドアを開けなかった。ごく細く窓を開けると、照代がバンバンと窓を手のひらで叩く。
「鷹夜くん、お願い、私と話をしましょう。助手席に他の女を乗せないで」
「あなたと話すことなど、何もありません」
「どうして、私に意地悪するの。私、鷹夜くんのためにこんなに尽くしているじゃない」
照代の言い分に、鷹夜は冷たい視線を向けた。
白髪碧眼の美貌が冷たく歪む。静かな怒りに、照代はわずかに身をすくませた。
「いい加減にしてもらえますか? 僕はあなたに付きまとわれて、昔から迷惑しているんです」
「そ……そんなわけない。鷹夜くんは私にそんなこと言わないもの」
「なら、僕は鷹夜じゃない赤の他人ということで、道を通してもらえませんか?」
鷹夜が冷淡な対応を繰り返すと、「どうして……」と照代がうつむき、肩を震わせた。
だが、次の瞬間、彼女はかっと目を見開き、まるで人が変わったように叫ぶ。
「嘘よ、嘘! 鷹夜くんが私を拒絶するなんて、おかしい! こんなの全部、あの女のせいよ!」
その目には狂気が宿り、頬を伝う涙を乱暴に拭うと、ガラス窓をさらに叩き始めた。爪が窓に引っかかり、きい、と嫌な音を立てる。
しかし、鷹夜は冷静に対応する。
「あなたは昔からそうだ。外面を繕い、自分を悲劇のヒロインに仕立て上げて、周囲の同情を引こうとする。ですが、それももう終わりだ。僕は、あなたを断固拒絶する。そして――僕の真奈美さんに手を出したあなたを、絶対に許さない」
「鷹夜くんは、私にそんなひどいことしない……!」
照代の手が、カバンの中に潜る。
一瞬、彼女の動きが止まったかと思うと、次の瞬間――ギラリと光る金槌を取り出し、力強く振り上げた。
「あなたを正気に戻してあげる!」
彼女の叫びとともに、金槌が振り下ろされる。狙いは、鷹夜の頭――!
おそらく、ドアを開けて外に出て彼女に対応していたら、殴り殺されていただろう。
ガシャン! と硬質な音がして、ガラスに蜘蛛の巣のような亀裂が入る。
「そこの女が鷹夜くんをたぶらかしたんでしょ! 私が正気に戻してあげる! きっと叩けばもとに戻るのよね?」
「僕を昭和のテレビと勘違いしてません?」
そこへ、パトカーのサイレンの音が遠くから聞こえてきた。照代はハッと顔を上げる。
「通報済みです。もう逃げられませんよ?」
助手席の真奈美がスマホを耳に当てながら、照代を睨みつけていた。
彼女とて、照代には腹を立てている。いつかは仕返ししてやりたかったのだ。
照代は真奈美を害虫でも見るような目で睨みつけ、金槌を地面に叩きつけると、踵を返して走り出した。
だが、その瞬間――。
「動くな!」
青い制服の警察官たちが駆けつけ、一瞬で彼女の退路を塞いだ。
照代は悲鳴を上げ、振り乱した髪のまま暴れまわる。
「離して! 私は悪くないの! 鷹夜くん! 助けて!」
だが、その声に耳を貸す者は誰もいなかった。
最後は警察官に腕をねじ上げられ、手錠の音が響く――。
駆けつけた警察官は、「細身の女とは思えない腕力だった」と額の汗を拭っていたのである。
こうして、照代は再び塀の中へ逆戻りすることになるのだった。
「これでようやく、安心して帰れますね……」
ホッと胸をなでおろした真奈美に、鷹夜は少し顔を赤らめながら、「あの、よければ……」と話を切り出す。
「もしよろしければ、なんですけど……これからも、僕のマンションで一緒に暮らしませんか? 真奈美さんのマンションの家具とか、全部僕の方に移しましょう。真奈美さんの個室にできる空き部屋、余っているので……」
「同棲したい、ということですか?」
きょとんとしながら尋ねる真奈美に、「同棲、と申しますか、その……」と鷹夜はさらに照れくさそうにしていた。
「その……いずれは籍を入れたいな、と……」
鷹夜は小さく咳払いをして、視線をそらした。
「あ、あの、でも、プロポーズはちゃんと後日、改めてしますから! だから今すぐ、というわけではなくて……でも、いずれは、必ず……」
しどろもどろになりながらも、必死に言葉を紡ぐ鷹夜。
その赤くなった耳を見て、真奈美は思わず笑ってしまった。
〈続く〉