社長秘書に甘く溶かされて
第2話 明くる日
――翌朝。
カーテンの隙間から、朝の光が柔らかく差し込んでいる。
淡いオレンジ色の光がベッドのシーツに影を落とし、心地よいぬくもりをもたらしていた。
チュンチュンと微かに聞こえる雀のさえずりが、遠くから響く車のエンジン音と混じり合い、まだ少し眠たげな朝を演出している。
真奈美は眩しさに顔をしかめる。まどろみの中、ゆっくりと目を開けた。
――昨日、私、何してたっけ?
思い出そうとした瞬間、脳裏に蘇るのは、熱を帯びた鷹夜の瞳、首筋にかかった熱い吐息、そして近づいてくる顔――。
ハッとして、慌てて自分の身体を見下ろす。
……服は着ている。けれど、何かが違う。肌が妙に火照っているし、全身がだるい。
夢……? いや、そんなはずはない。
昨夜の記憶が、断片的に蘇る。
熱い吐息、首筋に感じた甘い痛み、そして――。
「……えっ」
全身がカッと熱くなった。
まるで、昨夜の熱がまだ残っているみたいに。
「真奈美さん、お目覚めですか」
知っている声にビックリして顔を上げると、部屋の入口に鷹夜本人が立っている。
鷹夜は驚いている真奈美に構わず、「今日、仕事ありますよね?」と優しげに微笑んでいた。
「朝食に簡単なものですが、スクランブルエッグとフレンチトーストをご用意いたしました。まだ時間はありますので、シャワーを浴びることをオススメいたします」
「あ、はい、どうも……?」
鷹夜にタオルを渡され、混乱しながらもお風呂場へ向かう。
――脱衣所で服を脱ぎ、鏡の前に立ったときに、身体中に噛み跡やキスマークが大量についていて、真奈美は夢ではなかったことに膝から崩れ落ちそうになった。こんなの、頭を抱えてしまう。
シャワーを浴びてから服を着替え、居間に戻ると、温かな香りがふわりと鼻をくすぐった。
テーブルには、黄金色に焼き上げられたスクランブルエッグと、厚みのあるフレンチトースト。
表面はカリッとしていながら、中はしっとりふわふわ。
濃厚な卵とミルクの甘い香りが混ざり合い、食欲を刺激する。
その横には、湯気の立つブラックコーヒー。
ほのかに苦味のある香りが、甘い香りと絶妙なコントラストを生んでいる。
鷹夜に色々物申したいことはあったが、それらが真奈美の食欲を刺激した。
彼は既にダイニングテーブルに着席しており、真奈美が席につくのを待っている。
彼女は鷹夜の向かいに座ると、ジロッと彼氏を睨んだ。
「あの」
「はい」
「私、初めてだったんですけど」
「……ええ、そうでしょうね」
「……なんで分かるんですか?」
「それは……まあ」
「いやいや、はっきり言ってくださいよ!」
「……昨夜は、初めての痛みもあったでしょうし」
鷹夜がサラッと明かした衝撃の事実に、真奈美は赤面して手元のナイフとフォークをギリギリと握る。
「……鷹夜さん、そういうの平然と言っちゃうんですね」
「あなたが『はっきり言え』とおっしゃったのでは?」
「うっ……!」
これは怒るべきなんだろうか、と考えあぐねていると、鷹夜がブラックコーヒーを一口飲んでから再び口を開いた。
「大切にしますから、真奈美さんのこと」
「――」
真奈美は観念したように、フレンチトーストにかぶりつく。
「お口に合うでしょうか」
「悔しい」
「何がですか」
噛み合わない会話を繰り広げながら朝食を済ませ、ふたりで出勤の準備をしてマンションの1階玄関ホールに降りた。
「首元は……さすがに隠せないですね……」
髪を短く切ったせいで、むき出しの首筋には赤い痕がくっきりと残っている。まるで鷹夜の所有物であることを示すかのように。
真奈美は恥ずかしさに耐えながら、手で隠すように押さえ、ギュッと目をつぶった。
「隠さなくていいですよ、周囲も彼氏がいるのご存知なんでしょう?」
「ちょっとは恥ずかしいとか思わないんですか?」
真奈美は苦々しい顔で鷹夜を睨むが、彼はどこ吹く風、という態度だった。
「いいですよね、鷹夜さんは。スーツなら毎日変えるものじゃないからバレないし」
「いえ、さすがにシャツとかネクタイが昨日と変わってないと気付く人は気付くものですよ」
鷹夜を見上げていた真奈美の頬に、そっと手を伸ばす。
「……僕は気付かれてもいいと、思っていますよ」
彼の言葉が、すっと胸の奥に染み込んでいく。
その灰色の瞳は、いつものように冷静で――でも、どこか優しさを孕んでいた。
「鷹夜さん……」
真奈美は思わず彼の目を見つめ返した。
鷹夜の目が、スッと愛おしそうに細められ、顔が近づく――。
「ンッンンッ」
咳払いの声が聞こえて、真奈美は思わず鷹夜を突き飛ばした。
玄関ホールの管理人室に人影を確認し、恥ずかしくなって顔を赤く染める。
「――ッ、鷹夜さんって本当に、恥ずかしくないんですか!?」
「し、失礼いたしました……真奈美さんが恥じらっている姿が可愛らしくて、思わず調子に乗ってしまいました」
美少年のような幼い顔が少し赤らんでいた。
「だから、そういう発言をするところですよ!」
夫婦漫才のようなやり取りをしながら、ふたりは並んで駅へ向かう。
朝の光がビルのガラスに反射し、街はゆっくりと目覚めの時間を迎えていた。
道行く人々の視線を気にすることなく、鷹夜は堂々と真奈美の隣を歩く。
「そんなに見つめなくても、僕は逃げませんよ」
「……べ、別に見てませんし!」
真奈美は慌てて視線を逸らし、髪の毛を無意識に指で弄った。
だけど、意識しすぎて逆にぎこちない動きになってしまう。
そんな彼女を見て、鷹夜はクスッと微笑んだ。
「そうですか? ずっと目が合っていた気がしましたが」
「~~っ!」
真奈美は頬を膨らませながら、ぷいっと横を向く。
その様子は、誰が見ても初々しいカップルだった。
〈続く〉
カーテンの隙間から、朝の光が柔らかく差し込んでいる。
淡いオレンジ色の光がベッドのシーツに影を落とし、心地よいぬくもりをもたらしていた。
チュンチュンと微かに聞こえる雀のさえずりが、遠くから響く車のエンジン音と混じり合い、まだ少し眠たげな朝を演出している。
真奈美は眩しさに顔をしかめる。まどろみの中、ゆっくりと目を開けた。
――昨日、私、何してたっけ?
思い出そうとした瞬間、脳裏に蘇るのは、熱を帯びた鷹夜の瞳、首筋にかかった熱い吐息、そして近づいてくる顔――。
ハッとして、慌てて自分の身体を見下ろす。
……服は着ている。けれど、何かが違う。肌が妙に火照っているし、全身がだるい。
夢……? いや、そんなはずはない。
昨夜の記憶が、断片的に蘇る。
熱い吐息、首筋に感じた甘い痛み、そして――。
「……えっ」
全身がカッと熱くなった。
まるで、昨夜の熱がまだ残っているみたいに。
「真奈美さん、お目覚めですか」
知っている声にビックリして顔を上げると、部屋の入口に鷹夜本人が立っている。
鷹夜は驚いている真奈美に構わず、「今日、仕事ありますよね?」と優しげに微笑んでいた。
「朝食に簡単なものですが、スクランブルエッグとフレンチトーストをご用意いたしました。まだ時間はありますので、シャワーを浴びることをオススメいたします」
「あ、はい、どうも……?」
鷹夜にタオルを渡され、混乱しながらもお風呂場へ向かう。
――脱衣所で服を脱ぎ、鏡の前に立ったときに、身体中に噛み跡やキスマークが大量についていて、真奈美は夢ではなかったことに膝から崩れ落ちそうになった。こんなの、頭を抱えてしまう。
シャワーを浴びてから服を着替え、居間に戻ると、温かな香りがふわりと鼻をくすぐった。
テーブルには、黄金色に焼き上げられたスクランブルエッグと、厚みのあるフレンチトースト。
表面はカリッとしていながら、中はしっとりふわふわ。
濃厚な卵とミルクの甘い香りが混ざり合い、食欲を刺激する。
その横には、湯気の立つブラックコーヒー。
ほのかに苦味のある香りが、甘い香りと絶妙なコントラストを生んでいる。
鷹夜に色々物申したいことはあったが、それらが真奈美の食欲を刺激した。
彼は既にダイニングテーブルに着席しており、真奈美が席につくのを待っている。
彼女は鷹夜の向かいに座ると、ジロッと彼氏を睨んだ。
「あの」
「はい」
「私、初めてだったんですけど」
「……ええ、そうでしょうね」
「……なんで分かるんですか?」
「それは……まあ」
「いやいや、はっきり言ってくださいよ!」
「……昨夜は、初めての痛みもあったでしょうし」
鷹夜がサラッと明かした衝撃の事実に、真奈美は赤面して手元のナイフとフォークをギリギリと握る。
「……鷹夜さん、そういうの平然と言っちゃうんですね」
「あなたが『はっきり言え』とおっしゃったのでは?」
「うっ……!」
これは怒るべきなんだろうか、と考えあぐねていると、鷹夜がブラックコーヒーを一口飲んでから再び口を開いた。
「大切にしますから、真奈美さんのこと」
「――」
真奈美は観念したように、フレンチトーストにかぶりつく。
「お口に合うでしょうか」
「悔しい」
「何がですか」
噛み合わない会話を繰り広げながら朝食を済ませ、ふたりで出勤の準備をしてマンションの1階玄関ホールに降りた。
「首元は……さすがに隠せないですね……」
髪を短く切ったせいで、むき出しの首筋には赤い痕がくっきりと残っている。まるで鷹夜の所有物であることを示すかのように。
真奈美は恥ずかしさに耐えながら、手で隠すように押さえ、ギュッと目をつぶった。
「隠さなくていいですよ、周囲も彼氏がいるのご存知なんでしょう?」
「ちょっとは恥ずかしいとか思わないんですか?」
真奈美は苦々しい顔で鷹夜を睨むが、彼はどこ吹く風、という態度だった。
「いいですよね、鷹夜さんは。スーツなら毎日変えるものじゃないからバレないし」
「いえ、さすがにシャツとかネクタイが昨日と変わってないと気付く人は気付くものですよ」
鷹夜を見上げていた真奈美の頬に、そっと手を伸ばす。
「……僕は気付かれてもいいと、思っていますよ」
彼の言葉が、すっと胸の奥に染み込んでいく。
その灰色の瞳は、いつものように冷静で――でも、どこか優しさを孕んでいた。
「鷹夜さん……」
真奈美は思わず彼の目を見つめ返した。
鷹夜の目が、スッと愛おしそうに細められ、顔が近づく――。
「ンッンンッ」
咳払いの声が聞こえて、真奈美は思わず鷹夜を突き飛ばした。
玄関ホールの管理人室に人影を確認し、恥ずかしくなって顔を赤く染める。
「――ッ、鷹夜さんって本当に、恥ずかしくないんですか!?」
「し、失礼いたしました……真奈美さんが恥じらっている姿が可愛らしくて、思わず調子に乗ってしまいました」
美少年のような幼い顔が少し赤らんでいた。
「だから、そういう発言をするところですよ!」
夫婦漫才のようなやり取りをしながら、ふたりは並んで駅へ向かう。
朝の光がビルのガラスに反射し、街はゆっくりと目覚めの時間を迎えていた。
道行く人々の視線を気にすることなく、鷹夜は堂々と真奈美の隣を歩く。
「そんなに見つめなくても、僕は逃げませんよ」
「……べ、別に見てませんし!」
真奈美は慌てて視線を逸らし、髪の毛を無意識に指で弄った。
だけど、意識しすぎて逆にぎこちない動きになってしまう。
そんな彼女を見て、鷹夜はクスッと微笑んだ。
「そうですか? ずっと目が合っていた気がしましたが」
「~~っ!」
真奈美は頬を膨らませながら、ぷいっと横を向く。
その様子は、誰が見ても初々しいカップルだった。
〈続く〉