政略結婚ですが、冷徹御曹司はなぜか優しすぎる
本気で継ぐ覚悟
「今日、実家に顔を出してちょうだい。お父さまが、書類を届けてほしいそうよ」
朝、食卓で義母からの連絡が届いた。
咲は少しだけ眉をひそめながらも、素直に頷いた。
(このタイミングで呼び出すなんて、何か意図があるんだろうな)
昨日、分家の会合で真白が“後継者候補”として話題に上がっていたことを知ったばかりだった。
偶然とは思えなかった。
御手洗家に着くと、義母がいつものように静かな笑みを浮かべて迎えた。
「よく来てくれたわね。中でお茶でもどう?」
「ありがとうございます。でも、長居はしませんので」
「そう、つれないわね」
和室に通された咲の前に、さっと抹茶と和菓子が出された。
「このお菓子、お母様がお好きだったのよ。……覚えてる?」
「……ええ」
(この空気……やっぱり、“話”があるんだ)
義母は少し姿勢を正し、茶器を置いて言った。
「あなたが、後継者の話を耳にしたことは、きっとあるわよね」
咲は無言で頷いた。
「私はね、分家の意向に従って、真白を推すつもりよ。もちろん、あなたに恨みがあるわけじゃない。ただ——」
「ただ、“器がない”と?」
咲の口調は静かだった。
義母の眉がわずかに上がる。
「思い切った物言いね。でも、その通り。“本家の娘”という肩書きだけでは、この家は守れないのよ。あなたは、組織を動かした経験がないでしょう?」
「それは、これから学ぶつもりです」
「学ぶ、ね……。でもね咲さん、“家”というものは、待ってくれないの。タイミングを逃せば、継承の正統性すら霞んでしまう」
咲の胸がざわついた。
(言ってることは正しい。私には経験がない。人望も、信頼も、今はまだ足りていない)
「御手洗はね、今揺れているの。あなたが“本当に継ぐ気があるのか”、それを疑問視する声もあるのよ」
「……継ぐ気がないなんて、一度も言ってません」
「でも、言葉で言うだけでは、誰も動かない。見せなきゃいけないのよ、あなたが“家を守る覚悟”を持っているって」
咲はそっと視線を落とした。
「……あなたは、私がこの家を継ぐのにふさわしくないと、本気で思っているんですね」
「そうね。現時点では、そう思っているわ。……でも、それは永遠ではないのよ?」
「……どういう意味ですか」
「あなたが“力”を示せば、分家も動くかもしれない。結局、皆が見るのは“実績”と“態度”なの」
咲は言葉を失った。
(つまり、“試している”……?)
「あなたには、一つだけ強みがあるわ。——“朝比奈家の妻”であること」
「……それは、“名前”だけって意味ですか?」
「違うわ。朝比奈家の力は侮れない。あの家が“あなたを認めている”と世間が判断すれば、御手洗の親族たちも黙っていないでしょう」
咲の胸に冷たいものが落ちた。
(つまり私は、“誰かの庇護下”にいることでようやく意味を持つ、そんな立場……?)
「その立場を活かすも殺すも、あなた次第よ。分家は、今まさに“どちらを選ぶべきか”を見極めようとしている最中なの。……後悔しないようにね」
義母はそう言って、すっと立ち上がった。
咲はしばらく動けず、出されたお茶にも手をつけられなかった。
帰宅すると、尚紀が玄関に出迎えてくれた。
咲の顔を見るなり、彼の眉がわずかに寄る。
「……何を言われた?」
「……何も。“覚悟を見せなさい”って、それだけ」
「やっぱりな」
尚紀は咲の手を引いて、リビングのソファへ促した。
「咲。君は今、試されている。“血”と“覚悟”、その両方を見られている」
「……自信なんて、まだない。でも、私——」
咲はゆっくりと尚紀の方へ向き直った。
「この家に生まれたことを、運命だと思うようにする。母が守ろうとした御手洗を、今度は私が守る番だって、そう思う」
「それでいい」
尚紀の手が、咲の頬を包んだ。
「俺は、君のそばにいる。いつだって味方だ」
咲の胸に、ふわりとあたたかさが灯った。
「ありがとう……尚紀さん」
「礼はいい。君が負けない姿を見せてくれるだけで、十分だ」
言葉は少なかったけれど、それ以上に強い絆を感じる時間だった。
(私には、尚紀さんがいる。守られているだけじゃなく、支え合える存在として)
(それなら——負けられない)
咲の中に、静かだけれど確かな炎が燃えはじめていた。
朝、食卓で義母からの連絡が届いた。
咲は少しだけ眉をひそめながらも、素直に頷いた。
(このタイミングで呼び出すなんて、何か意図があるんだろうな)
昨日、分家の会合で真白が“後継者候補”として話題に上がっていたことを知ったばかりだった。
偶然とは思えなかった。
御手洗家に着くと、義母がいつものように静かな笑みを浮かべて迎えた。
「よく来てくれたわね。中でお茶でもどう?」
「ありがとうございます。でも、長居はしませんので」
「そう、つれないわね」
和室に通された咲の前に、さっと抹茶と和菓子が出された。
「このお菓子、お母様がお好きだったのよ。……覚えてる?」
「……ええ」
(この空気……やっぱり、“話”があるんだ)
義母は少し姿勢を正し、茶器を置いて言った。
「あなたが、後継者の話を耳にしたことは、きっとあるわよね」
咲は無言で頷いた。
「私はね、分家の意向に従って、真白を推すつもりよ。もちろん、あなたに恨みがあるわけじゃない。ただ——」
「ただ、“器がない”と?」
咲の口調は静かだった。
義母の眉がわずかに上がる。
「思い切った物言いね。でも、その通り。“本家の娘”という肩書きだけでは、この家は守れないのよ。あなたは、組織を動かした経験がないでしょう?」
「それは、これから学ぶつもりです」
「学ぶ、ね……。でもね咲さん、“家”というものは、待ってくれないの。タイミングを逃せば、継承の正統性すら霞んでしまう」
咲の胸がざわついた。
(言ってることは正しい。私には経験がない。人望も、信頼も、今はまだ足りていない)
「御手洗はね、今揺れているの。あなたが“本当に継ぐ気があるのか”、それを疑問視する声もあるのよ」
「……継ぐ気がないなんて、一度も言ってません」
「でも、言葉で言うだけでは、誰も動かない。見せなきゃいけないのよ、あなたが“家を守る覚悟”を持っているって」
咲はそっと視線を落とした。
「……あなたは、私がこの家を継ぐのにふさわしくないと、本気で思っているんですね」
「そうね。現時点では、そう思っているわ。……でも、それは永遠ではないのよ?」
「……どういう意味ですか」
「あなたが“力”を示せば、分家も動くかもしれない。結局、皆が見るのは“実績”と“態度”なの」
咲は言葉を失った。
(つまり、“試している”……?)
「あなたには、一つだけ強みがあるわ。——“朝比奈家の妻”であること」
「……それは、“名前”だけって意味ですか?」
「違うわ。朝比奈家の力は侮れない。あの家が“あなたを認めている”と世間が判断すれば、御手洗の親族たちも黙っていないでしょう」
咲の胸に冷たいものが落ちた。
(つまり私は、“誰かの庇護下”にいることでようやく意味を持つ、そんな立場……?)
「その立場を活かすも殺すも、あなた次第よ。分家は、今まさに“どちらを選ぶべきか”を見極めようとしている最中なの。……後悔しないようにね」
義母はそう言って、すっと立ち上がった。
咲はしばらく動けず、出されたお茶にも手をつけられなかった。
帰宅すると、尚紀が玄関に出迎えてくれた。
咲の顔を見るなり、彼の眉がわずかに寄る。
「……何を言われた?」
「……何も。“覚悟を見せなさい”って、それだけ」
「やっぱりな」
尚紀は咲の手を引いて、リビングのソファへ促した。
「咲。君は今、試されている。“血”と“覚悟”、その両方を見られている」
「……自信なんて、まだない。でも、私——」
咲はゆっくりと尚紀の方へ向き直った。
「この家に生まれたことを、運命だと思うようにする。母が守ろうとした御手洗を、今度は私が守る番だって、そう思う」
「それでいい」
尚紀の手が、咲の頬を包んだ。
「俺は、君のそばにいる。いつだって味方だ」
咲の胸に、ふわりとあたたかさが灯った。
「ありがとう……尚紀さん」
「礼はいい。君が負けない姿を見せてくれるだけで、十分だ」
言葉は少なかったけれど、それ以上に強い絆を感じる時間だった。
(私には、尚紀さんがいる。守られているだけじゃなく、支え合える存在として)
(それなら——負けられない)
咲の中に、静かだけれど確かな炎が燃えはじめていた。