政略結婚ですが、冷徹御曹司はなぜか優しすぎる
結婚は誰のために仕組まれたのか
「……御手洗の分家、最近かなり資金繰りが厳しいらしい」
朝比奈本社・役員フロアの会議室。
尚紀は、秘書の佐伯と一部信頼の厚い経理部スタッフを前に、重々しく口を開いた。
「分家の中でも、特に“御手洗康臣”の名義が絡む会社が複数、近年になって連鎖的に赤字を出している。取引銀行への支払いも、一部で遅延が出ていると聞いた」
佐伯が手元の資料を確認しながら頷く。
「こちらが調査した最新の貸借表です。名義は康臣氏のものが中心。いずれも、以前義母様が“顧問”として関与していた法人です」
尚紀は書類を一瞥すると、眉をひそめた。
「……やはり義母は、単なる協力者じゃないな。自分で仕掛けて、裏から操ってる」
「はい。表向きは“分家に従う後妻”という立場を取ってはいますが、実態はむしろ逆かと。兄の康臣氏と共に、“御手洗家の本家資産に頼る形で、自らの経営を立て直そうとしている”可能性が濃厚です」
「つまり——」
尚紀は低く言った。
「咲との政略結婚も、“御手洗本家の力”を外部と結びつけて立て直すために、義母とその兄が仕組んだ可能性がある」
その夜。
尚紀は帰宅後、リビングで咲にその情報を共有した。
「……分家の資金繰り、危ない状況にあるらしい」
咲は驚いたように目を見開いた。
「……それって、どうして? 御手洗の分家って、昔はわりと安定してたって聞いたけど……」
「十年以上前まではな。けど、義母とその兄が“強引な手法”で資金を動かし、いくつかの企業を買収しようとしたらしい。それが失敗して、損失を出した」
「それって……義母が、原因の一端ってこと?」
「そうだ。そして今は、御手洗“本家”の力を使って、分家を立て直そうとしている。……だから、君との結婚を使った」
咲の顔色が少しずつ曇っていく。
「私との結婚は、家を立て直すための……取引だったってこと?」
「結果的には、そうなる」
尚紀は、咲の手にそっと触れた。
「でも、それは“俺”の意思じゃない。俺は君を、個人として愛してる。……結婚したのも、“名前”じゃなくて“咲”を選んだからだ」
咲は小さく、けれどしっかりと頷いた。
「うん、分かってる。……でも、それを仕組んだ人たちがいたっていうのは、やっぱり、少し悔しい」
「悔しがっていい。怒っていい。だが、ここからが勝負だ」
尚紀の声がぐっと低くなる。
「義母は、“御手洗を自分たちの都合のいいように使うため”に、真白を後継者に据えようとしている」
「……やっぱり、それが目的なんだね」
「だからこそ、君が正当な“御手洗の後継者”であることを、明確にしなければならない。——血筋だけでなく、実質的にも」
咲は少し黙ってから、静かに口を開いた。
「私、まだ何も持っていない。“御手洗を守る力”も、“経営の知識”も。でも……知りたい。学びたい。お母さんがこの家をどう想っていたのか。自分がこの家をどう守れるのか」
尚紀の目に、かすかな光が灯る。
「……咲、それが君の覚悟なら——俺がすべてサポートする」
「ありがとう。……頼ってもいい?」
「当たり前だ。お前は、俺の“妻”なんだから」
尚紀の手が、咲の髪を優しく撫でる。
咲は、ほっとしたように微笑んだ。
その頃、御手洗家の分家宅では——
康臣が静かに資料に目を通していた。
「朝比奈の男……動き始めているようだな」
「……ええ。予想より早い。何か掴まれているかもしれません」
義母が言うと、康臣は笑った。
「ならば、こちらも先手を打とう。“朝比奈尚紀は、咲を利用しただけ”という構図を、周囲に印象づけるんだ」
義母は静かに頷いた。
「“契約結婚”の事実を、小出しにしていけば……立場が揺らぐ可能性はあるでしょう」
「ふたりが“愛し合っていない”という証拠を見せることができれば、分家も“真白”を選ぶ」
静かな陰謀が、着実に動き出していた。
だが、咲の心には、もはや迷いはなかった。
たとえ仕組まれた結婚だったとしても——
そこに本物の想いがあると信じている。
(もう私は、何も奪われたくない。お母さんが守ろうとしたこの家も、自分の心も)
(だから——)
(自分の足で、立つ)
朝比奈本社・役員フロアの会議室。
尚紀は、秘書の佐伯と一部信頼の厚い経理部スタッフを前に、重々しく口を開いた。
「分家の中でも、特に“御手洗康臣”の名義が絡む会社が複数、近年になって連鎖的に赤字を出している。取引銀行への支払いも、一部で遅延が出ていると聞いた」
佐伯が手元の資料を確認しながら頷く。
「こちらが調査した最新の貸借表です。名義は康臣氏のものが中心。いずれも、以前義母様が“顧問”として関与していた法人です」
尚紀は書類を一瞥すると、眉をひそめた。
「……やはり義母は、単なる協力者じゃないな。自分で仕掛けて、裏から操ってる」
「はい。表向きは“分家に従う後妻”という立場を取ってはいますが、実態はむしろ逆かと。兄の康臣氏と共に、“御手洗家の本家資産に頼る形で、自らの経営を立て直そうとしている”可能性が濃厚です」
「つまり——」
尚紀は低く言った。
「咲との政略結婚も、“御手洗本家の力”を外部と結びつけて立て直すために、義母とその兄が仕組んだ可能性がある」
その夜。
尚紀は帰宅後、リビングで咲にその情報を共有した。
「……分家の資金繰り、危ない状況にあるらしい」
咲は驚いたように目を見開いた。
「……それって、どうして? 御手洗の分家って、昔はわりと安定してたって聞いたけど……」
「十年以上前まではな。けど、義母とその兄が“強引な手法”で資金を動かし、いくつかの企業を買収しようとしたらしい。それが失敗して、損失を出した」
「それって……義母が、原因の一端ってこと?」
「そうだ。そして今は、御手洗“本家”の力を使って、分家を立て直そうとしている。……だから、君との結婚を使った」
咲の顔色が少しずつ曇っていく。
「私との結婚は、家を立て直すための……取引だったってこと?」
「結果的には、そうなる」
尚紀は、咲の手にそっと触れた。
「でも、それは“俺”の意思じゃない。俺は君を、個人として愛してる。……結婚したのも、“名前”じゃなくて“咲”を選んだからだ」
咲は小さく、けれどしっかりと頷いた。
「うん、分かってる。……でも、それを仕組んだ人たちがいたっていうのは、やっぱり、少し悔しい」
「悔しがっていい。怒っていい。だが、ここからが勝負だ」
尚紀の声がぐっと低くなる。
「義母は、“御手洗を自分たちの都合のいいように使うため”に、真白を後継者に据えようとしている」
「……やっぱり、それが目的なんだね」
「だからこそ、君が正当な“御手洗の後継者”であることを、明確にしなければならない。——血筋だけでなく、実質的にも」
咲は少し黙ってから、静かに口を開いた。
「私、まだ何も持っていない。“御手洗を守る力”も、“経営の知識”も。でも……知りたい。学びたい。お母さんがこの家をどう想っていたのか。自分がこの家をどう守れるのか」
尚紀の目に、かすかな光が灯る。
「……咲、それが君の覚悟なら——俺がすべてサポートする」
「ありがとう。……頼ってもいい?」
「当たり前だ。お前は、俺の“妻”なんだから」
尚紀の手が、咲の髪を優しく撫でる。
咲は、ほっとしたように微笑んだ。
その頃、御手洗家の分家宅では——
康臣が静かに資料に目を通していた。
「朝比奈の男……動き始めているようだな」
「……ええ。予想より早い。何か掴まれているかもしれません」
義母が言うと、康臣は笑った。
「ならば、こちらも先手を打とう。“朝比奈尚紀は、咲を利用しただけ”という構図を、周囲に印象づけるんだ」
義母は静かに頷いた。
「“契約結婚”の事実を、小出しにしていけば……立場が揺らぐ可能性はあるでしょう」
「ふたりが“愛し合っていない”という証拠を見せることができれば、分家も“真白”を選ぶ」
静かな陰謀が、着実に動き出していた。
だが、咲の心には、もはや迷いはなかった。
たとえ仕組まれた結婚だったとしても——
そこに本物の想いがあると信じている。
(もう私は、何も奪われたくない。お母さんが守ろうとしたこの家も、自分の心も)
(だから——)
(自分の足で、立つ)