政略結婚ですが、冷徹御曹司はなぜか優しすぎる

真実の前に、嘘は立ち尽くす

翌日。
朝比奈グループ本社の特別会議室には、複数の報道陣が集まっていた。

尚紀と咲が並んで座る中央には、質素な白のバックパネルと、会社のロゴが控えめに飾られている。

咲の手は緊張でわずかに震えていたが、尚紀がそっとその手を握った。

「……大丈夫。俺がいる」

その一言で、咲は小さく息を吐いた。

(逃げない。今度こそ、自分の意思で)

会見は、朝比奈グループ本社の広報部によって進行された。

「本日は、朝比奈尚紀社長および咲夫人より、最近報道されている“契約結婚疑惑”に関して、直接ご説明させていただく場となっております」

カメラのフラッシュが焚かれ、マイクが向けられる。

尚紀は一礼した後、堂々と語り始めた。

「まず初めに、御手洗家との結婚について、“契約で始まった”という部分は事実です」

記者たちがざわめく。

「ですが、そこにあったのは、御手洗家の意向に応じて“形”を取っただけの話であり、“内容”は違いました」

「内容とは、具体的に?」

「——私は、彼女を愛しています。最初から“本気”で彼女を妻に迎えるつもりでいました。私は自ら申し出て、結婚に至りました。御手洗の名でも、財産でもなく、咲という“個人”に対して、私は誓いを立てたのです」

静まり返る会場に、咲の声が重なる。

「私も、最初は“守られる立場”でした。でも今は、違います」

「御手洗家の後継として、自分の足で立とうと決めました。そして、夫とともに、“本物の絆”でこの家を築いていく覚悟があります」

咲の表情は真っ直ぐで、嘘偽りのない“決意”が宿っていた。

「……では、なぜこのような情報が突然流れたのか」

尚紀は、報道陣に一枚の資料を差し出した。

「この文書をご覧ください。御手洗分家の経営実態に関する調査資料です」

それは、分家の傘下企業が連鎖的に赤字を出していた証拠。
そして、義母とその兄・康臣が経営の実権を握り、御手洗本家の資産を利用しようとしていた実態が記されたものだった。

「つまり、こういうことです。——“御手洗家の財政が傾いたのは、妻の義母とその兄の強引な経営方針が原因”。その失敗を補うために、“御手洗の正統な娘である咲を外部に嫁がせ、経営を繋ぎとめる”という政略を仕掛けたのも、彼らです」

場内が騒然となる。

咲はしっかりと記者たちを見回した。

「私の母は、御手洗本家の正統な後継者でした。その母が命を落としたあと、義母が家に入り、やがて家の中の情報や権限が彼女たちの手に渡っていった」

「しかし、その結果がどうなったか——この資料が物語っています」

尚紀が一歩前に出る。

「今回、“契約結婚”の情報が外部に漏れたのは偶然ではありません。咲の正統性を貶め、後継から引きずり下ろすための“印象操作”でした」

「ですが——」

尚紀は咲の肩を抱きながら、はっきりと口にした。

「私たちの関係に、契約はもう存在しません。“妻”として、“夫”として、そして“家族”として、共に生きています」

カメラのシャッター音が、一斉に響いた。

会見後——

その報道は即座にネットニュースに取り上げられ、大きな反響を呼んだ。

《御手洗分家の経営疑惑——朝比奈社長が明かした“真実”》
《契約結婚ではなかった——堂々と“愛”を語った夫婦の姿に称賛の声》

一方で、義母と康臣は厳しい立場に立たされることとなる。

「……こんなはずじゃなかった」

義母は、薄暗い部屋の中でつぶやいた。

「情報を漏らしたのは……あなたね?」

振り返ると、そこには三条秀一がいた。

「私が直接“証拠”を渡した。——あの子は、母の血だけでなく、心も継いでいた」

「……」

「君たちは、血筋を甘く見すぎた。——“誇り”まで継ぐ者に、勝てるはずがない」

義母の手から、カップが震えながら落ちた。

その夜。

尚紀と咲は、自宅のテラスで並んで夜空を見上げていた。

「……怖かった?」

「正直に言えば、すごく。でも、尚紀さんが横にいてくれたから、大丈夫だった」

「君は、もう誰にも負けないよ。言葉でも、心でも」

咲は小さく笑った。

「……私、きっと母に“胸を張って”会える気がする」

「会えるさ。きっと、笑ってくれてる」

尚紀の手が、咲の肩を引き寄せる。

そのぬくもりは、もうどんな嘘にも負けなかった。
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