ふたりだけのオーキッド・ラグーン

5*Wishing you elegance and strength ahead

 ――正体を知らずに恋に落ちるなんて、ロマンチックね。瑠樹さんのことをひとりの男性としてみて、その結果、椎名さんが結婚を決めたのなら、本物じゃない?
 ――そうですね。瑠樹さん、俺から『北峰』の名前を取ったら何も残らないって、よくいっていましたから。お望みどおりの奥様かと。

 ー・-・-・-・-・-・-



 「あ、そうだった。カマリから連絡があって、来週こっちにくるそうだ」

 ある日の朝のことである。
 朝食を終え出勤直前の慌ただしい中、瑠樹の膝の上にいる真紘の手が止まった。

 なぜ、瑠樹の膝の上に真紘がいるのかといえば、夫にこうお願いされたから。「悪いけど、このワイシャツのボタン、取れそうだから縫ってくれる?」と。
 ランドリーに出したワイシャツが戻ってきたのはいいのだが、その袖口のボタンがややほつれかけていたのだった。

 わかったといってソーイングキットを取り出し真紘が瑠樹の横に座れば、そうじゃないと彼はいう。有無をいわさず、自分の膝の上に真紘を乗せる。そして後ろから真紘を抱き包むように腕を回し、ボタンが取れそうな袖口を真紘の前に差し出したのだった。

 傍からみれば、少々危なっかしいところがある。でもそんなこと、新婚のふたりには関係ない。
 背後に瑠樹の体温を感じながら、真紘は繕いをはじめる。その真紘を、瑠樹は空いた腕で妻の腰回りを包み込む。夫の腕の中で、真紘はさっさとボタンを付け直した。

 「できたよ」
 「サンキュ! うまいじゃん」
 「そうかな? でも、そういうことしておきましょう!」

 真紘の料理は相変わらずだが、この裁縫は褒められた。声の感じから、本当に瑠樹は感心しているのがわかる。些細なことだけど、真紘にはとても嬉しいことだ。

 「ところで、『かまり』さんて誰ですか?」
 「 え? 知らなかった? カマリは鎌田茉莉だよ。今は橋本茉莉だったかな? 真紘の研修担当で、真紘の賃貸の次の入居者だよ」
 「え! あの借り上げ社宅って、鎌田さんが入る予定だったんですか?」

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