シュガーラテ─火消しの恋は、カフェの香り
不安な時間-火災発生
その日、Cafe Lierreが入るビルで、突然の煙騒ぎが起きた。
原因は別フロア――
昨年の“ぼや”が発生した際にも名前が挙がっていた小規模事業所。
どうやら、有資格者を介さずに電気配線を引き回していた違法施工が、再び火元になったらしい。
ビル内に煙が広がり、館内放送が鳴る。
「館内の皆様は、落ち着いて避難を――」
舞香は店内にいた客たちを、素早く誘導しはじめた。
「お子さんは手をつないでください! 階段で降ります。落ち着いて」
客たちが出ていったあと、
店の備品と一緒に別フロアにいた従業員にも声をかけた。
──そのとき、段差を踏み外し、右足に激痛が走る。
(……う、足……ひねった……?)
それでも、顔には出さず、最後まで人々の避難を見届けた。
ようやく建物の外に出たときには、もう足の感覚が鈍っていた。
(でも……みんな、無事。大丈夫……)
そう思っていた矢先。
「大丈夫ですか?呼吸が苦しいのは、煙の影響かもしれません、ゆっくり深呼吸を」
聞き覚えのある声――海斗だった。
しかし彼は、別の女性を介抱しながら救急車へ向かっていて、舞香に気づく様子はない。
(……今、声かけちゃダメだ)
舞香は微笑むように小さく頷き、何でもないふりをした。
そのまま時間だけが過ぎていく。
救急車のサイレンも、消防車のホースの音も、次第に遠ざかっていく。
人が減っていく中で、足の痛みだけが、増していた。
「……いたみつよい……」
目に涙が浮かぶのを、手の甲でぬぐう。
そのとき、ひとりの隊員が視界に入った。
(……見覚えがある。確か、あの時の……)
「すみません。……あの、池野さん……でしたよね?」
「え? あっ……はい、高島さんですよね。あの時の」
「……ちょっとだけ、足が痛くて……たいしたことはないのですが。でも……一応、後で見ていただけますか?」
「もちろんです。ちょっとお待ちくださいね。すぐ戻りますから」
その言葉に、舞香はほっと息をついた。
やっと、誰かに“自分の痛み”を預けられた気がした。
原因は別フロア――
昨年の“ぼや”が発生した際にも名前が挙がっていた小規模事業所。
どうやら、有資格者を介さずに電気配線を引き回していた違法施工が、再び火元になったらしい。
ビル内に煙が広がり、館内放送が鳴る。
「館内の皆様は、落ち着いて避難を――」
舞香は店内にいた客たちを、素早く誘導しはじめた。
「お子さんは手をつないでください! 階段で降ります。落ち着いて」
客たちが出ていったあと、
店の備品と一緒に別フロアにいた従業員にも声をかけた。
──そのとき、段差を踏み外し、右足に激痛が走る。
(……う、足……ひねった……?)
それでも、顔には出さず、最後まで人々の避難を見届けた。
ようやく建物の外に出たときには、もう足の感覚が鈍っていた。
(でも……みんな、無事。大丈夫……)
そう思っていた矢先。
「大丈夫ですか?呼吸が苦しいのは、煙の影響かもしれません、ゆっくり深呼吸を」
聞き覚えのある声――海斗だった。
しかし彼は、別の女性を介抱しながら救急車へ向かっていて、舞香に気づく様子はない。
(……今、声かけちゃダメだ)
舞香は微笑むように小さく頷き、何でもないふりをした。
そのまま時間だけが過ぎていく。
救急車のサイレンも、消防車のホースの音も、次第に遠ざかっていく。
人が減っていく中で、足の痛みだけが、増していた。
「……いたみつよい……」
目に涙が浮かぶのを、手の甲でぬぐう。
そのとき、ひとりの隊員が視界に入った。
(……見覚えがある。確か、あの時の……)
「すみません。……あの、池野さん……でしたよね?」
「え? あっ……はい、高島さんですよね。あの時の」
「……ちょっとだけ、足が痛くて……たいしたことはないのですが。でも……一応、後で見ていただけますか?」
「もちろんです。ちょっとお待ちくださいね。すぐ戻りますから」
その言葉に、舞香はほっと息をついた。
やっと、誰かに“自分の痛み”を預けられた気がした。