シュガーラテ─火消しの恋は、カフェの香り

雷と闇

午前10時半。
Cafe lierre(カフェ・リエール)には、開店直後から穏やかな陽の光が差し込んでいた。

「おはようございます」
舞香がいつもの制服に身を包み、扉を押して中に入ると、
カウンターに立っていた香奈衣が、ちらりと目を上げた。

「……無理してない?」

「うん、大丈夫。今日はランチタイムだけのシフトだし、ちゃんと海斗にも報告済み」

香奈衣は一度深くため息をついてから、
手元の伝票を片付けながら言った。

「まあ……舞香がそう言うなら。無理だけはするなって、あの“プリンス”に怒られるのは私だから」

「ぷ……プリンスって……」

吹き出しそうになるのを堪えながら、
舞香はエプロンを整え、ホールに向かった。

カウンターの前では、アルバイト店員が珈琲を淹れているその傍らには、試作用のスコーンの焼きあがりをチェックするスタッフの姿。

店内はやや混み始め、常連客の顔もちらほら見え始めていた。

「いらっしゃいませ、おひとりさまですか?」

笑顔で迎える舞香に、常連の女性客がふっと目を細める。

「久しぶりね、元気そうでよかったわ」

「ありがとうございます。今日は午後から雨予報なので、温かいお飲み物おすすめです」

自然なやり取りに、ようやく“戻ってきた”実感が湧いてくる。

オーダーを厨房に回し、カウンター越しに香奈衣が小さく声をかけた。

「……ほんと、ちゃんと戻ってきたね、舞香」

その言葉に、舞香は静かに微笑み返す。

「……ここが、わたしの場所だから」

彼女の言葉に、香奈衣がふっと表情をやわらげた。

小さなカフェの、何気ない日常。
だけど、それが何よりも愛おしいのだと、舞香は心から思っていた。
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