シュガーラテ─火消しの恋は、カフェの香り

119は不安の形

「いってらっしゃいませー」

昼下がりのカフェに響く、舞香の声。
常連客を見送ったあと、ふと窓の外を見る。

春の風が、並木の葉を揺らしていた。

ほんの数日前の夜のこと。
一緒に食事をして、
何気ない会話のなかで、名前を呼ばれて――

「……舞香さん」

その声が、耳の奥でふわりと蘇る。

手をつなぐことも、特別な約束を交わしたわけでもない。
でも、あの夜が少しずつ、胸の中で輪郭を持ちはじめていた。

(……また、会いたいな)

その想いは、驚くほど自然だった。
気づけば、朝比奈の顔や声が、日々のどこかに浮かんでくる。

カップを拭きながら、少し頬が緩んでしまう自分に気づき――
舞香はこっそり、肩をすぼめて照れ笑いを浮かべた。

「……私、こんなだったっけ」

ちょっとだけ不思議で、
でも嫌じゃない、この心の変化。

彼の存在が、自分の日常に、静かに染み込んできている――
そんな実感が、心地よく胸を温めていた。
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