雲より高く、君を守る―ハイスペ社長と遺跡デザイナーの極上溺愛譚
【第十四章 どこまでも戦い抜く】
煌びやかな照明の下、新装ホールはまるで別世界のような輝きを放っていた。天井高二十メートル、ガラスと白磁が織りなす構造は、光を多方向から反射させ、会場全体に柔らかな幻想を与えていた。中央には円形ステージが設けられ、その周囲をぐるりと囲むように、国内外の招待客、報道陣、取引先の幹部たちが列席している。
広田グループ新社長――広田千景の就任披露会。すべてが計算され尽くした演出のもと、舞台の中央では千景が整然と立ち、淡いグレーのスーツに身を包み、群衆の視線を集めていた。緊張の色は見えない。だが、その目の奥には、これから始まる“最後の逆転”に向けた冷静な覚悟が宿っていた。
結莉はステージ脇の暗がりに立ち、手元のタブレットを握りしめていた。その画面には、ホール天井に埋め込まれたプロジェクターの接続状態が表示され、待機中の画像が映し出されている。そこにあるのは、例の石碑片。古代文字で“守護”と刻まれた断片が、黒背景に浮かび上がっていた。
会場が静まり、千景が一歩前に出た。
「本日はご多忙の中、私の就任披露にお越しいただき、誠にありがとうございます。広田グループはこれからの時代を見据え、より持続可能で、文化と技術が融合した未来を築いてまいります」
拍手が広がる。その中で、ひとつ、異質な気配がステージ下手から現れた。初老の男、白髪に整ったスーツ。にこやかな表情で会場に手を振りながら、ゆっくりと中央へ向かって歩いてくる。
――密輸組織の首謀者。千景の叔父、広田秀麿。
彼は一礼すると、自然な流れで千景の隣へ立った。まるで、あらかじめ用意されていた演出のように。
「本日はまことに光栄な機会です。甥の新たな門出に立ち会えるとは……まさに我が一族の誇り」
その穏やかな声が、会場全体にスピーカーを通じて響き渡る。だが、その笑顔の裏で、彼の指先はジャケットの内ポケットに触れていた。そこから取り出された小さな黒い箱。その中に収められていたのは――石碑の“欠片”だった。
「こちらは、我が社が保有する海外資産の中から発見された貴重な歴史的断片です。本日、特別にご披露させていただきます。ご興味のある方は、個別にお声掛けくださいませ」
明らかな違和感が、会場に走る。それでも、誰も声を上げない。これは“披露会”であり、“営業の場”である。公的な場での暴露など、誰も想像していなかった。
だが次の瞬間、ホールの照明が、ぱたりとすべて落ちた。
一瞬の暗転。ざわめき。人々のざわつきのなかで、ホールの壁面にひとつの映像が浮かび上がった。
それは石碑だった。モンゴルの草原にそびえる、あの奇妙な形をした石。そこに陽の光が差し込み、古代文字がゆっくりと浮かび上がっていく。
“二つの心が天に届く時、未来は守られる”
その瞬間、カメラは切り替わった。別の映像。倉庫で石碑片を手にしていた秀麿の姿。周囲の男たち、やり取りの会話、日付、音声――すべてがスクリーンに映し出されていた。
その場にいた誰もが、息を飲んだ。
――これは、証拠だった。
会場全体が、凍りつく。
スクリーンに映し出されたのは、秘密裏に撮影された倉庫の監視映像だった。秀麿が石碑片を手にしながら、複数の男たちにそれを見せ、価格を囁き、包み隠すように笑った。会話の端々には「輸出」「未申告」「文化財」などの言葉が明確に録音されており、そのすべてが、計画的な密輸取引の証拠となっていた。
会場が揺れた。誰かが小さく息を呑み、誰かがスマートフォンを取り出し始めた。動揺と緊張が、人々の間を電流のように走り抜けていく。拍手の気配はすでに消え、場には重い沈黙だけが横たわっていた。
「これは……!」
秀麿が一歩、スクリーンを振り返る。だがその動きは、もはや“無言の肯定”だった。決定的な映像が暴かれた今、彼の立場は完全に崩壊していた。警備員たちが無言で数人、ステージの周囲に姿を現し始める。そのどの顔にも迷いはない。すでに命令は通っていたのだ。
「千景、これは……一体……」
誰かが会場の後方で呟いた。その声は拡声器を通したわけでもないのに、全体に響いたように感じられた。全員の視線が、千景へと集まる。新社長として、いまこの瞬間に何を語るのか――それを待っていた。
千景は、光を背に静かに前を向いた。彼の姿は、まるで闇を切り裂く刃のように凛としていた。
「本日、私が皆さまにご披露するつもりだったのは、広田グループの“新たな未来”です。しかし、今ここで明らかになった映像は、その未来を脅かす“過去の罪”でもあります」
彼は一度、視線を逸らすことなく、スクリーンに映った叔父の顔を見つめた。そして、ゆっくりと続けた。
「私の叔父、広田秀麿は、グループが保護管理していたモンゴルの文化遺産を私物化し、不正に流通させようとしていました。この行為は、個人の欲のために文明の記憶を踏みにじる、絶対に許されない背信行為です」
会場から、微かなざわめき。誰かの息を呑む音。けれど千景は言葉を止めない。
「私たちが守るべきは“利益”ではなく、“記憶”です。この石碑に込められた先人たちの意志。それを次の世代へ繋ぐことこそ、私の、そして広田グループの使命です」
拍手が――まばらに、だが確かに起きた。最初は一人、次に二人、そして数十人が、震えるように両手を合わせ始める。それは単なる称賛ではなく、覚悟に対する“敬意”だった。
ステージ脇では、結莉がタブレットの電源を落とし、そっと胸元に手を当てた。その奥で、鼓動がようやく静かになり始めていた。すべての歯車が狂い、崩れるようで、でも一周回って今ここに至った――その運命を、まるで舞台のシナリオのように捉える自分がいた。
彼女が見上げると、千景がほんの一瞬だけ、視線をこちらへ寄越した。言葉はなかった。ただ、あのときモンゴルの草原で交わした約束――「未来を守る」と誓ったその言葉が、無言で交差するように伝わってきた。
「……どこまでも、戦い抜く」
誰にも聞こえないように、結莉が呟いたその言葉は、自分自身への宣言でもあった。
光が戻る。ステージに、会場に、広田グループの未来に。
広田グループ新社長――広田千景の就任披露会。すべてが計算され尽くした演出のもと、舞台の中央では千景が整然と立ち、淡いグレーのスーツに身を包み、群衆の視線を集めていた。緊張の色は見えない。だが、その目の奥には、これから始まる“最後の逆転”に向けた冷静な覚悟が宿っていた。
結莉はステージ脇の暗がりに立ち、手元のタブレットを握りしめていた。その画面には、ホール天井に埋め込まれたプロジェクターの接続状態が表示され、待機中の画像が映し出されている。そこにあるのは、例の石碑片。古代文字で“守護”と刻まれた断片が、黒背景に浮かび上がっていた。
会場が静まり、千景が一歩前に出た。
「本日はご多忙の中、私の就任披露にお越しいただき、誠にありがとうございます。広田グループはこれからの時代を見据え、より持続可能で、文化と技術が融合した未来を築いてまいります」
拍手が広がる。その中で、ひとつ、異質な気配がステージ下手から現れた。初老の男、白髪に整ったスーツ。にこやかな表情で会場に手を振りながら、ゆっくりと中央へ向かって歩いてくる。
――密輸組織の首謀者。千景の叔父、広田秀麿。
彼は一礼すると、自然な流れで千景の隣へ立った。まるで、あらかじめ用意されていた演出のように。
「本日はまことに光栄な機会です。甥の新たな門出に立ち会えるとは……まさに我が一族の誇り」
その穏やかな声が、会場全体にスピーカーを通じて響き渡る。だが、その笑顔の裏で、彼の指先はジャケットの内ポケットに触れていた。そこから取り出された小さな黒い箱。その中に収められていたのは――石碑の“欠片”だった。
「こちらは、我が社が保有する海外資産の中から発見された貴重な歴史的断片です。本日、特別にご披露させていただきます。ご興味のある方は、個別にお声掛けくださいませ」
明らかな違和感が、会場に走る。それでも、誰も声を上げない。これは“披露会”であり、“営業の場”である。公的な場での暴露など、誰も想像していなかった。
だが次の瞬間、ホールの照明が、ぱたりとすべて落ちた。
一瞬の暗転。ざわめき。人々のざわつきのなかで、ホールの壁面にひとつの映像が浮かび上がった。
それは石碑だった。モンゴルの草原にそびえる、あの奇妙な形をした石。そこに陽の光が差し込み、古代文字がゆっくりと浮かび上がっていく。
“二つの心が天に届く時、未来は守られる”
その瞬間、カメラは切り替わった。別の映像。倉庫で石碑片を手にしていた秀麿の姿。周囲の男たち、やり取りの会話、日付、音声――すべてがスクリーンに映し出されていた。
その場にいた誰もが、息を飲んだ。
――これは、証拠だった。
会場全体が、凍りつく。
スクリーンに映し出されたのは、秘密裏に撮影された倉庫の監視映像だった。秀麿が石碑片を手にしながら、複数の男たちにそれを見せ、価格を囁き、包み隠すように笑った。会話の端々には「輸出」「未申告」「文化財」などの言葉が明確に録音されており、そのすべてが、計画的な密輸取引の証拠となっていた。
会場が揺れた。誰かが小さく息を呑み、誰かがスマートフォンを取り出し始めた。動揺と緊張が、人々の間を電流のように走り抜けていく。拍手の気配はすでに消え、場には重い沈黙だけが横たわっていた。
「これは……!」
秀麿が一歩、スクリーンを振り返る。だがその動きは、もはや“無言の肯定”だった。決定的な映像が暴かれた今、彼の立場は完全に崩壊していた。警備員たちが無言で数人、ステージの周囲に姿を現し始める。そのどの顔にも迷いはない。すでに命令は通っていたのだ。
「千景、これは……一体……」
誰かが会場の後方で呟いた。その声は拡声器を通したわけでもないのに、全体に響いたように感じられた。全員の視線が、千景へと集まる。新社長として、いまこの瞬間に何を語るのか――それを待っていた。
千景は、光を背に静かに前を向いた。彼の姿は、まるで闇を切り裂く刃のように凛としていた。
「本日、私が皆さまにご披露するつもりだったのは、広田グループの“新たな未来”です。しかし、今ここで明らかになった映像は、その未来を脅かす“過去の罪”でもあります」
彼は一度、視線を逸らすことなく、スクリーンに映った叔父の顔を見つめた。そして、ゆっくりと続けた。
「私の叔父、広田秀麿は、グループが保護管理していたモンゴルの文化遺産を私物化し、不正に流通させようとしていました。この行為は、個人の欲のために文明の記憶を踏みにじる、絶対に許されない背信行為です」
会場から、微かなざわめき。誰かの息を呑む音。けれど千景は言葉を止めない。
「私たちが守るべきは“利益”ではなく、“記憶”です。この石碑に込められた先人たちの意志。それを次の世代へ繋ぐことこそ、私の、そして広田グループの使命です」
拍手が――まばらに、だが確かに起きた。最初は一人、次に二人、そして数十人が、震えるように両手を合わせ始める。それは単なる称賛ではなく、覚悟に対する“敬意”だった。
ステージ脇では、結莉がタブレットの電源を落とし、そっと胸元に手を当てた。その奥で、鼓動がようやく静かになり始めていた。すべての歯車が狂い、崩れるようで、でも一周回って今ここに至った――その運命を、まるで舞台のシナリオのように捉える自分がいた。
彼女が見上げると、千景がほんの一瞬だけ、視線をこちらへ寄越した。言葉はなかった。ただ、あのときモンゴルの草原で交わした約束――「未来を守る」と誓ったその言葉が、無言で交差するように伝わってきた。
「……どこまでも、戦い抜く」
誰にも聞こえないように、結莉が呟いたその言葉は、自分自身への宣言でもあった。
光が戻る。ステージに、会場に、広田グループの未来に。