雲より高く、君を守る―ハイスペ社長と遺跡デザイナーの極上溺愛譚

【第十八章 守護の誓い】

 夕陽が、湾岸の水面を黄金色に染めていた。お台場の海辺には観光客の姿もまばらになり、観覧車もゆっくりと静かな回転を続けていた。赤く染まった空に、まるで絵の具を滲ませたような雲が浮かび、街全体が一つの絵画の中にあるようだった。
 その観覧車の一つのゴンドラに、結莉と千景は向かい合って座っていた。日曜日の夕方にしては静かすぎるほどの時間。まるでこの時間だけが、世界のどこからも切り離されていた。
 ゴンドラが地面を離れ、ゆっくりと上昇を始める。遠くに東京タワーが見え、反対側にはレインボーブリッジ。二人は何も言わず、しばらくその景色を見つめていた。
 結莉は、視線を落とすと膝の上で手を組み直した。さっきから何度も、言葉を探していた。
 「……この間、墓前で“ありがとう”って言えたの。ちゃんと、言えたんです」
 その声に、千景がゆっくりと頷く。
 「そうか。よかった」
 「でも……それを言えたら、今度はまた、“あなたにもありがとう”って言いたくなって」
 千景がわずかに目を見開いた。窓の外にあった視線が、結莉に戻る。その視線に射抜かれた瞬間、彼女の胸が少しだけ早鐘を打つ。
 「あなたが背中を照らす灯になってくれたから、私は自分の手で、誰かの未来を守りたいと思えた。……だから、ありがとう」
 ゴンドラが頂点に近づいていた。空は燃えるような朱色に包まれ、雲の端が黄金に染まる。
 そのとき、千景がそっと胸元に手を差し入れ、小さなケースを取り出した。何の前触れもなく、まるでポケットから名刺を差し出すように自然な動作だった。
 「君がくれた言葉のお返しに、これを預かってくれるか?」
 そう言って開かれたケースの中にあったのは、指輪ではなかった。石碑片を加工した、ひとつのペンダントだった。薄い灰青色の石に、ごく小さく“守護”の文字が刻まれている。遠くの草原で、結莉が初めてその指先でなぞった“あの文字”。
 「これは……」
 「石碑の欠片の一部を、研究保存用とは別に加工した。あの土地の許可も正式に取った。……これは、ただの記念じゃない。これは“誓い”だよ。未来を守るっていう、僕自身の決意。そして君と一緒に、その未来を見届けたいっていう願い」
 結莉の視界が、一気に霞む。心が何かでいっぱいになりすぎて、言葉がこぼれ落ちそうになるのを必死に抑えた。
 「結莉、僕は君を守りたい――なんて、今はもう言わない。僕は、君と一緒に“守っていきたい”。ただ、それだけだ」
 ペンダントが彼の手の中で、夕陽を受けてやわらかに光っていた。
 結莉は、ゆっくりと手を伸ばす。その手はわずかに震えていたが、躊躇いはなかった。
 「……はい。お願いします」
 声は震えていた。でも、その震えには、迷いがなかった。
 千景は結莉の手のひらにペンダントをそっと乗せ、ふわりと笑った。これまでのどんな笑顔よりも、やわらかくて、あたたかい笑みだった。
 ゴンドラが、天に一番近づいた瞬間。観覧車の頂点で、未来は静かに“誓われた”。

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