雲より高く、君を守る―ハイスペ社長と遺跡デザイナーの極上溺愛譚
【第十九章 再び選ぶということ】
夏の朝陽が空港のガラス壁に反射し、出発ロビーは柔らかな光で満たされていた。成田空港、国際線出発ゲート。これから遠くへ旅立つ者と、残る者のあいだにだけ存在する、独特の静けさが漂っていた。
広いフロアの片隅、搭乗口に続くセキュリティゲートの前で、高、進之祐、庄、そして優生が並んで立っていた。全員が黒とグレーを基調とした私服に身を包み、手には機材と書類が詰まったバックパック。それぞれが、文化財保護NGO〈アウローラ〉の正式な任務として、初の海外派遣に臨む。
目指すのは、中東にある古代都市の発掘と保護。モンゴルでの経験を経て、政府・研究機関との協力を得た〈アウローラ〉は、正式な非営利組織として再スタートを切った。もはや“学生時代の秘密組織”ではない。これは、選ばれた道ではなく、“自分たちで再び選んだ道”だった。
「どうせならさ、もっとこう……出発セレモニーとかやってくれてもいいんじゃね?」
庄が冗談めかして言い、肩のバッグを揺らす。だがその表情は、少しだけ緊張の色を帯びていた。
「目立つと現地で危ないだろ。文化財ってのは、静かに守るもんだよ」
進之祐が手元のタブレットを見ながら応じる。彼は派遣中も現地の通信環境を整え、常時記録と解析にあたることになっていた。10年前の失敗を、今度こそ繰り返さないために。
「君ら、ほんと変わらないな。けど、同じことを“本気でやり直す”ってのは、簡単そうに見えて、いちばん難しいよ」
優生はコーヒーカップを片手に、飄々と笑っていた。だがその目には、研究者としての誇りと責任の光があった。
そのとき、ロビーの入り口に結莉の姿が現れた。明るい色のブラウスに、風になびくカーディガン。小走りでやってきた彼女は、息を切らしながら手を振った。
「ごめんなさい、ギリギリになっちゃって」
「間に合ったなら満点」
高が笑って一歩前に出た。その笑顔は、あの日のヘリポートの夜と同じ。けれど今は、それに少しだけ清々しい風が吹いていた。
「もうすぐ搭乗なんだろうから、あんまり長く引き留めない。でも……気をつけて」
結莉はそう言って、ひとつずつ視線を合わせた。進之祐には小さく頷き、庄には無言でエールを送るような笑みを。優生には、資料に目を通した手作りのしおりをさりげなく渡し――そして最後に、高と向き合った。
「……あの夜、私、ありがとうって言えなかったから。今、言うね。あなたがいてくれて、本当に助かった」
「俺も、君がいてくれてよかった。……でも、ここからは俺たちが先に行く番だ」
高は、スマートフォンを取り出して一通のメッセージを打つ。ポケットにしまうのではなく、そのまま、結莉に見せるように画面を傾ける。
そこには、たった一文だけが表示されていた。
「俺たちはどこまでも戦い抜く」
その言葉に、結莉はふっと笑った。胸がきゅっとなるのを感じながら、それでも言葉はまっすぐだった。
「うん。行ってらっしゃい。いつでも応援してる」
彼女は親指を立てて見送った。その仕草は、どこか懐かしく、そして新しかった。
アナウンスが流れる。彼らはそれぞれバッグのストラップを直し、ゆっくりとゲートの中へと歩き出した。
結莉は、その背中が完全に見えなくなるまで立ち尽くしていた。心の奥には確かに“寂しさ”があった。けれどそれ以上に、“誇らしさ”が勝っていた。
彼らは、再び選んだのだ。過去を乗り越え、自分の意志で“守る者”の道を。
――そして自分もまた、守ると誓った未来のために、この場所から歩き続ける。
広いフロアの片隅、搭乗口に続くセキュリティゲートの前で、高、進之祐、庄、そして優生が並んで立っていた。全員が黒とグレーを基調とした私服に身を包み、手には機材と書類が詰まったバックパック。それぞれが、文化財保護NGO〈アウローラ〉の正式な任務として、初の海外派遣に臨む。
目指すのは、中東にある古代都市の発掘と保護。モンゴルでの経験を経て、政府・研究機関との協力を得た〈アウローラ〉は、正式な非営利組織として再スタートを切った。もはや“学生時代の秘密組織”ではない。これは、選ばれた道ではなく、“自分たちで再び選んだ道”だった。
「どうせならさ、もっとこう……出発セレモニーとかやってくれてもいいんじゃね?」
庄が冗談めかして言い、肩のバッグを揺らす。だがその表情は、少しだけ緊張の色を帯びていた。
「目立つと現地で危ないだろ。文化財ってのは、静かに守るもんだよ」
進之祐が手元のタブレットを見ながら応じる。彼は派遣中も現地の通信環境を整え、常時記録と解析にあたることになっていた。10年前の失敗を、今度こそ繰り返さないために。
「君ら、ほんと変わらないな。けど、同じことを“本気でやり直す”ってのは、簡単そうに見えて、いちばん難しいよ」
優生はコーヒーカップを片手に、飄々と笑っていた。だがその目には、研究者としての誇りと責任の光があった。
そのとき、ロビーの入り口に結莉の姿が現れた。明るい色のブラウスに、風になびくカーディガン。小走りでやってきた彼女は、息を切らしながら手を振った。
「ごめんなさい、ギリギリになっちゃって」
「間に合ったなら満点」
高が笑って一歩前に出た。その笑顔は、あの日のヘリポートの夜と同じ。けれど今は、それに少しだけ清々しい風が吹いていた。
「もうすぐ搭乗なんだろうから、あんまり長く引き留めない。でも……気をつけて」
結莉はそう言って、ひとつずつ視線を合わせた。進之祐には小さく頷き、庄には無言でエールを送るような笑みを。優生には、資料に目を通した手作りのしおりをさりげなく渡し――そして最後に、高と向き合った。
「……あの夜、私、ありがとうって言えなかったから。今、言うね。あなたがいてくれて、本当に助かった」
「俺も、君がいてくれてよかった。……でも、ここからは俺たちが先に行く番だ」
高は、スマートフォンを取り出して一通のメッセージを打つ。ポケットにしまうのではなく、そのまま、結莉に見せるように画面を傾ける。
そこには、たった一文だけが表示されていた。
「俺たちはどこまでも戦い抜く」
その言葉に、結莉はふっと笑った。胸がきゅっとなるのを感じながら、それでも言葉はまっすぐだった。
「うん。行ってらっしゃい。いつでも応援してる」
彼女は親指を立てて見送った。その仕草は、どこか懐かしく、そして新しかった。
アナウンスが流れる。彼らはそれぞれバッグのストラップを直し、ゆっくりとゲートの中へと歩き出した。
結莉は、その背中が完全に見えなくなるまで立ち尽くしていた。心の奥には確かに“寂しさ”があった。けれどそれ以上に、“誇らしさ”が勝っていた。
彼らは、再び選んだのだ。過去を乗り越え、自分の意志で“守る者”の道を。
――そして自分もまた、守ると誓った未来のために、この場所から歩き続ける。