『イケメン警察官、感情ゼロかと思ったら甘々でした』
視線の記憶
少し冷たい風が、頬を撫でた。
日曜の午後。雲の間を縫うようにして射し込んでくる薄明かりが、アスファルトの上でぼんやりと揺れている。

橋口美香奈は、近所の百円ショップの店内を静かに歩いていた。
特に何かを買いたいというわけではなかった。ただ、少しだけ時間が空いた。何もせず家でぼんやりしているよりは、ここで何か“役に立ちそうなもの”を眺めるほうが、気が紛れる気がしたのだ。

スマホ用の充電ケーブル、乾電池、ハンガー、タッパー――どれも必要なようでいて、別になくても困らないものばかり。
カゴを持たず、棚の間をふらふらと移動していると、不意に、背筋にひやりとしたものが這い上がってきた。

見られている。
そう感じた。

自然と呼吸が浅くなる。店内には休日らしい客がちらほらいた。小さな子を連れた若い母親、老夫婦、学生らしきカップル。
誰もがそれぞれの目的で品物を手に取っていた。
けれど、その中に――明らかに“私を見ている”視線がある気がした。

なんとなく、肩をすくめながら別の通路へ移動した。そのときだった。
通路を仕切る陳列棚の隙間から、目が合った。

その男は、じっと、こちらを見ていた。

灰色のパーカー、深くかぶったキャップ。
顔の半分は影に隠れていたが、目だけが妙にくっきりと焼きついた。無表情だった。いや、無表情だからこそ、不気味だった。
 
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