『イケメン警察官、感情ゼロかと思ったら甘々でした』
寄り添う日々
「なあ神谷。おまえ最近、顔がやわらかいって評判だぞ?」

「……は?」

「いやほんと。あれだな、橋口さんの影響だな? 見ててわかるもん」

夜の交番裏、長谷川康太はにやにやしながら缶コーヒーを差し出してきた。
神谷はそれを受け取りながら、眉をひとつしかめた。

「くだらないこと言ってないで、巡回日報まとめろ」

「やだなあ、同じ釜の飯を食った仲にそんな当たりキツくしないでくれよ」

「誰が“同じ釜の飯”だ」

「警察学校で散々カレー食ってたろ? あれが釜の飯じゃなかったら何だよ」

康太は笑いながら缶を開け、炭酸の音が静かな夜に弾けた。

ふたりは同期。
気質もタイプもまるで違うが、警察官として歩んできた時間は似ている。

「まあでも、真面目で堅物な神谷が誰かに“惚れてる顔”するの、ちょっと感動するよな」

「……勝手なことを言うな」

「いや、俺に言わせりゃ“勝手”じゃねえ。
だっておまえ、彼女の事件対応で刑事課に張りついてた時、
毎日“ちょっと顔だけ見てきます”って、わざわざ様子見に行ってたろ。
そりゃ、誰だって気づくっての」

「……」

「俺が気づいたってことは、たぶん上もわかってる。
でも、文句言わないってことは――つまり、見守られてるってことだよ」

神谷は視線を逸らしたまま、少しだけ缶を握る手に力を入れる。

「で、今夜は?」

「帰る」

「でしょうね。あの子、ずっと待ってるぞ。
今日俺、署の前で会ったんだ。“神谷さん、夜遅いって言ってたけど、お味噌汁温めておきます”って」

「……聞いてないぞ、それ」

「だからさ、そういうとこだよ。言わなくても、待ってるんだって」

康太の声には、ふざける調子の奥に、あたたかさがあった。

「じゃ、行ってこいよ、のろけ警部補さん」

そう言って背中を押されるように、神谷は交番をあとにする。

夜風が少し冷たい。
けれど、どこか背中をあたためてくれるような――そんな気がした。
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