蜜味センチメンタル
忘れたはずの声

2月14日。バレンタイン当日。
ガラス張りの商業施設の中は、ピンクや赤の装飾で彩られていた。
ハート型のバルーン、チョコレートのタワー、甘く香るカカオのサンプル……すべてが”恋の熱”を煽っている。

羅華は職場のチームとともに、その一角にある特設ブースを見回っていた。
バレンタイン商戦は毎年恒例の繁忙期だけれど、今年はなんとなく、気持ちの色が違っていた。

「原岸さん、この演出案、やっぱり定番すぎますかね?」

「いえ、王道でいきましょう。奇抜すぎるより“わかりやすい可愛さ”は、やはり強いので」

「あ、なるほど……」

返事をしながら、羅華はふと視線を窓の外に向けた。冷たい風に揺れる街路樹の枝、その向こうに広がる冬空。
それを眺めながら、無意識にバッグの中をそっと確認する。

スマホを取り出す。那色からの連絡には、今夜の約束の時間が書かれていた。

大丈夫、大丈夫。……今日は、ちゃんと笑える

母の入院から数日。
病状は落ち着いているとはいえ、日々の心配は尽きない。

そして——あの日、病室で再会した彼の姿が、いまだに胸のどこかを締めつけていた。

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