蜜味センチメンタル
カウンター越しの出会い


木枯らしが冬の気配を運びつつある秋の夜長。

後輩の尻ぬぐいのために突然の土曜出勤を課せられた羅華(らか)は、ぐったりと肩を落としながら夜道を歩いていた。


——疲れた…それに、お腹空いた…


なかなかに大きなミスをやらかしてくれた為、先方から相当なお叱りを受けて昼も食べ損ねた。既に胃は悲鳴を上げており、とにかくなにか美味しいものが食べたい。

そんな時に思いつくのは家からほど近い距離にあるダイニングバー。

お酒も食事も提供してくれるし、何よりそこのマスターがかなりの包容力を持つ年上男性で、今日のように誰かに愚痴を漏らしたい時にはよく訪れて話を聞いてもらっている。

そうとなれば話は早い。改札でスマホをかざし、家への道のりとは別のルートを通って店を目指す。


少し歩いてLa Pace(ラ・パーチェ)と看板が置かれた店の前まで着くと、ドアノブを握り手元へ引いた。

「こんばんは」といつも通りの声をかけながら入ると、ほどよくこじんまりとした店内に癒しのジャズミュージックが流されており、カウンターの向こうには穏やかな笑顔があった。

「いらっしゃい、羅華ちゃん」

大和(やまと)さん、お疲れ様です」

笑顔で声をかけながら店内を見渡すといつもの特等席が空いており、羅華は迷いなくそのカウンター席に腰掛けた。

「ソルティドッグとペペロンチーノお願いします。ニンニクマシマシで!」

「うちはラーメン屋じゃないんだけどねえ」

「だってさっきまで昼抜きで仕事してて疲れすぎてて。ここでエネルギーチャージしないと自宅までたどり着けそうにないんです」

「仕事?そう言えばさっきお疲れ様とか言ってたけど、羅華ちゃんの会社って土日は休みじゃなかったっけ」

「そうですけど。もう聞いてくださいよ。この鬱憤を誰かに聞いてもらわないと夜しか眠れません」

「寝れてるから大丈夫じゃない?」



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