蜜味センチメンタル
終わりの言葉
・*†*・゚゚


ホテルのロビーには、まだ少し冷たい朝の空気が残っていた。磨き上げられた大理石の床を、那色の革靴が静かに打ち鳴らす。

「おはようございます」

すれ違う同僚たちに軽く頭を下げながら、那色は静かに現場入りしていた。そしてホールの中心、総合進行の担当者である蓮水に歩み寄る。

「ああ紫水くん、おはようございます。今日はよろしくお願いしますね」

「はい。こちらこそ」

ホテルの一室を使った式典本部は、すでに慌ただしく動き始めていた。那色は蓮水と軽く段取りの確認をしつつ、サポート役としてリストを確認する。

到着予定の来賓一覧にざっと目を通すと、那色は手元のタブレットをスッと閉じた。

来賓たちの顔も名前も、既にすべて頭に入っている。自分が補うべき位置を見つけるのに、そう時間はかからなかった。

「現場の方、回ってきます」

「ええ、頼みましたよ」

ロビーの視界をゆるく横切りながら、スタッフの配置と導線の噛み合わせを目で追う。気になる箇所にチェックを入れ、担当者と話し込んでいると、同じ経営戦略部の同僚が歩み寄ってきた。

「あ!紫水さん、ちょうどよかった。実は受付が少し手薄になってきてて……ヘルプをお願いできませんか?」

「はい、わかりました」

那色が歩き始めると、同僚は小声で状況を説明しはじめた。

「今、来賓が一気に集中してて。列が二手に分かれてるんですけど、資料の受け渡しが追いつかなくて……先に案内しちゃうと、渡し漏れが出そうなんです」

那色は目線を少しだけ横にそらし、頭の中で人の流れと動きを組み立てる。声を荒げる必要も、目立つ指示もいらない。情報だけあれば十分だった。


「では、前の列でいったん案内止めましょう。資料は先に渡してから動かしたほうがいいかもしれません」

「そうですね。それで周知させます」


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