蜜味センチメンタル
過去の残り香
・*†*・゚゚


羅華と過ごす週末は、那色にとって特別な時間になりつつあった。

羅華はめったに笑わないし、怒ってばかりだ。自分のことを憎からず思っているのは分かるが、簡単には心を許してはもらえない。

その距離が、もどかしかった。思い通りにいかないことばかりで、こんなに誰かに振り回されるのは、たぶん初めてだ。


——興味本位の、つもりだったんだけどな

初めは他の女と変わらなかった。

けれどかつての恋人を想うときの涙や、寝言で落とした母を呼ぶ声はあまりに切なくて。

羅華の境遇はあまりにも、那色と似ていた。


誰かを特別に感じるなんて思わなかった。“大事にしたい”なんてそんな青臭い言葉も、ずっと信じてこなかった。

だからこそ羅華の前では素直になれず、つい意地悪な言葉ばかりを選んでしまう。



「那色。ホールの掃除終わったらあがれよ」

大和からそう声をかけられ、那色は「はーい」と間延びした声を返す。

閉店後の静かなホールに入り、モップを手に那色は思いをはせる。


次の週末になれば、彼女はまた店に来てくれるだろうか。

羅華の心に触れてみたい。けれどそれをしてしまうと、自分の過去や家庭のしがらみに彼女を巻き込むことになる。

それでも。分かっていても、手に入れたいと思ってしまう。あの涙を拭い、その瞳に映るのは自分であってほしいと願ってしまう。


——こういうの、なんて言うのかな

一瞬考えてはみたが、答えなんて分かりきっている。

週末を待ち侘び、会えば心が満たされて、離れたらまた渇いて、また会いたくなって。

きっとこれが“恋”なのだろう。


疑いようも無いほどに焦がれていた。一目惚れしたのは、那色の方だった。

もし、羅華がこの想いを信じ受け止めてくれたなら…

そのときは、きっと。


いつも羅華の腰掛けるスツールの背に手をかけながら、那色は自分の中で芽吹いた感情が静かに根を張っていくのを感じた。




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