蜜味センチメンタル
揺れる昼下がり
日曜の朝、羅華は洗面所の鏡の前に立っていた。
今日は、那色がずっと行きたがっていたアフタヌーンティーの店に行く日。
某有名ホテルのラウンジカフェということもあり、場に合った服装を選ばなくてはといつもはパンツスタイルかスーツが定番の羅華も、この日ばかりはワンピースに袖を通していた。
——こんなの着るのいつぶりだろう…
昨日の土曜、仕事が休みだったことをいいことに思い切って買った真新しいワンピース。シンプルだけど女性らしさを引き立てるデザインで、レースのあしらいや柔らかな色合いが自分らしくない気もして、鏡の中の姿にどうしても落ち着かない。
洗面台の前で、襟元にそっとネックレスを添える。
髪も今日は下ろして、巻いてみた。慣れないことばかりだ。
鏡に映る自分を見て、羅華は思わず小さく項垂れる。
——普段着ないような服着て、髪の毛も下ろして巻いたりして…これじゃあとんだ浮かれポンチじゃない…っ
ついには洗面台に手をつき、小さくうめいた。
そんなとき、廊下の向こうから、明るい声が飛んでくる。
「羅華さーん、準備終わりました?」
ゆっくりと顔を上げると、声の主はやはり那色だった。
声だけで顔は見せず、気遣ってくれているように思う。昨夜も遠慮なく部屋に入り込んできた張本人であることを考えれば、それだけで多少マシに感じてしまうのが自分でも情けない。
返事をしようとしたその時だった。
「うわ、可愛い」
那色が、ひょいと顔をのぞかせてきた。
反射的に胸がきゅっとなる。
何でもないように放たれた「可愛い」の一言に、体がこわばる。
「それはどうも」
冷静に返すつもりだったのに、声が少し上ずってしまった気がする。
「もー、褒めてるんですから。照れるとか、喜ぶとか、そういう反応ないんですか?」
にこにこと、まるで悪気のない顔。
那色は軽やかな足取りで洗面所へと入り、少し身をかがめながらこちらを見上げるように続けた。
「可愛いも言われ慣れてる?職場とか、取引先とか。それなら嫉妬どころじゃないんですけど」
「…言われないよ、そんなこと」