過保護な医者に心ごと救われて 〜夜を彷徨った私の鼓動が、あなたで満ちていく〜

未来を託す瞬間

病室の窓からは、傾いた夕陽が射し込んでいた。
柔らかなオレンジ色の光が、淡いベージュのカーテンを透かし、静かな空間に影を落としている。

ベッドの上、雪乃は少し身体を強張らせたまま、掛け布団の端をぎゅっと握っていた。
着慣れない入院着の感触と、漂う消毒の匂い。
目に映る天井の白さが、非日常をいやというほど突きつけてくる。

その隣に、神崎がそっと腰を下ろす。
白衣は脱ぎ、ネイビーのスクラブ姿。
勤務後にすぐ顔を出したのだろう。
いつもより少しだけ目の下が暗い。

「荷物、置けた?」

「……うん。看護師さんがロッカーまで運んでくれた」

雪乃は小さく答えたが、その声に張りはなく、どこか宙を漂っているようだった。

神崎はそんな彼女の手元に目を落とし、無言でそっと掛け布団の上から手を重ねる。
それだけで、雪乃の指がほんのわずか、力を緩めた。

「大丈夫だよ、とは言えないけど」
そう前置きしてから、神崎はゆっくりと言葉を紡ぐ。

「俺たちで、準備できることは全部やった。検査も、状態も。あとは……ちゃんと眠って、身体を整えるだけでいい」

雪乃は視線を下げたまま、唇を噛んだ。
「……こわいって言ったら、ダメ?」

「ダメなわけない」

神崎の答えは即答だった。
「むしろ、言ってくれてよかった。こわいと思うのは、ちゃんと生きようとしてる証拠だから」

言いながら、神崎は雪乃の手を少し強く握り直す。その手は、やわらかく、けれど芯があった。

雪乃はようやく顔を上げて、神崎を見つめる。その瞳には、不安と、それでも信じようとする想いが滲んでいた。

「ねえ……もし、手術が終わったら」

「うん?」

「ちゃんと、ご飯行こう。外で。ふつうの、デートみたいなの。ちゃんと……」

「いいよ。むしろ、強制する」

神崎はそう言って、初めて少し笑った。

「退院したら、焼肉でもパフェでも、なんなら朝までカラオケでも付き合うから」

「え、ほんとに? カラオケ似合わなそう……」

雪乃が思わずくすっと笑うと、神崎もつられるように口元を緩めた。

「じゃあ、練習しとくよ。手術の間にでも」

「……ふふっ。無理しないで」

少しだけ、心が軽くなった。

神崎はそっと雪乃の頭を撫でる。
その手つきは、どこまでも優しく、まるで壊れ物に触れるかのように慎重だった。

「今日はゆっくり寝て。明日、また来るから」

「……うん」

窓の外では、夕陽が少しずつ沈み、夜の気配が病室を包み始めていた。
けれど雪乃の胸の奥には、小さなあたたかさが、確かに灯っていた。

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