伯爵家を支えていたのは私なのに、浮気した元旦那様に未練があるとでも? 幼馴染の騎士と再婚しますのでお帰りください

最終話


 それからさらに月日が流れ、季節は巡り、春の匂いが再び庭に満ちていた。
 風にそよぐ若葉のざわめきが心地よく、花々は陽を浴びて色鮮やかに咲き誇っている。
 暖かな陽射しが頬を撫で、空を見上げると柔らかな青が広がっていた。
 エリナは芝生の上で、息子であるリアムが楽しげに笑い声をあげて走り回る姿を見守っていた。

「こら、リアム!そんなに走ったら転んじゃうわよ!」
「ママ、つかまえてごらん!」
「はいはい、待ちなさい!」

 エリナが軽やかに追いかけると、リアムは「きゃー!」と歓声をあげて駆け出した。
 その小さな足音が芝生を叩くたび、エリナの胸が温かさで満たされ、幸せが溢れ出してくる。
 リアムが振り返り、「ママ、大好きー!」と叫ぶ声に思わず笑いがこぼれた。
 やっと追いついてリアムを抱き上げると、その小さな体はふわりと軽く、けれど確かな重みと温もりを持っていた。

「もう、いたずらっ子ね。あなたはパパに似たのかしら?」
「えへへ、パパみたいにかっこよくなるんだ!」
「そうなの? じゃあ、パパみたいにママのことも助けてくれるの?」
「もちろん!ママは僕が守るんだ!」
「心強いわね……じゃあ、パパもびっくりしちゃうかも」
「パパをやっつける!」
「ふふ、そんなこと言って……でも、頼もしいわ」

 エリナはリアムのほっぺにそっとキスを落とし、その柔らかさに心がじんわりとあたたまる。
 ふと視線を向けると、庭の端でアレクが穏やかな笑みを浮かべてこちらを見ていた。
 目が合うと、エリナの頬が自然と緩み、胸の奥がじんわりと温まった。

「パパー!見て見てー!」

 リアムが腕を振りながら駆け寄っていくと、アレクはしゃがんで両腕を広げた。

「おいで、リアム」
「パパー!だいすき!」
「俺もリアムが大好きだぞ」

 リアムはアレクの胸に飛び込み、アレクは笑みを浮かべてその小さな体をぎゅっと抱きしめた。
 エリナはその姿を見て、目頭が熱くなり、そっと歩み寄る。

「パパ、ママもだいすき!」
「ありがとう、リアム。ママもパパも、リアムがいてくれて幸せだよ」
「ねぇ、パパ!今日ね、ママとお花いっぱい見たの!」
「そうか。綺麗だったか?」
「うん!ママが笑ってた!すっごく綺麗だった!」

 リアムの声に、アレクとエリナは顔を見合わせて笑った。その視線が自然と重なり、エリナはそっとアレクの腕に手を添え、彼の体温を感じるように指先を重ねる。
 アレクの手がエリナの手をぎゅっと握りしめる。その力強さが、これまでの痛みも涙も全て包み込んでくれるようで、エリナの胸が熱く満たされていく。
 リアムが二人の間でにこにこと笑いながら「パパとママ、だいすき!」と声をあげ、エリナはその笑顔を胸に焼き付けた。

「パパ、ママ、手つなごう!」
「うん、手をつなごう」
「じゃあ、お空にも手を振ろう!」
「お空にも?どうして?」
「だって、お空も笑ってるから!」
「そうだね。みんな笑ってる」

 リアムが小さな手を差し出し、エリナとアレクがその手を包むように重ねた。
 三人の手が一つに重なり、春の光が優しく降り注ぐ。
 風がそっと吹き、花びらが空に舞い上がり、芝生の上で三人の影が一つに溶けた。

「これからも、ずっと一緒だよ」
「ずっと一緒だ」
「ずっとずっとだよ!」

 エリナは心の奥でそっと誓った。この幸せを、この手で守り抜くのだと。もう二度と、失わない──目の前にある笑顔と温もりが、何よりも大切な宝物だった。
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