君ともう一度、 恋を始めるために
逃避

平穏な日常

「おはようございます」
「おはよう、柚葉ちゃん」

まだ夏の名残が残る蒸し暑さの中、莉奈を保育園に送った柚葉は、京都市内にある古民家カフェ「風見鶏」に駆け込んだ。

「そんなに慌てないで」
「・・・すみません」

どれだけ早くから起きて準備をしても、小さな子供を抱えていれば物事は順調にすすまない。
実際今日だって、保育園の途中まで行ったところで忘れ物に気が付き、家まで引き返しているうちに遅くなってしまった。

「うちは大丈夫だから、あんまり無理をするんじゃないよ」
「はい」

こうやって、優しく声をかけてくれるのはこの店のマスター。
3年前生まれたばかりの莉奈を連れて路頭に迷っていた柚葉に仕事と住む場所を与えてくれた恩人だ。
年齢は60代後半の老紳士なのだが、コーヒーとジャズをこよなく愛する穏やかな人柄がお客さんをはじめ周囲の人たちにも愛されている。

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