星の声

星の声

 深い緑色の森の中に、小さな村がありました。村には小さな木の家がたくさん並び、その一番端っこに住んでいたのは、「ヒカリ」という名前の女の子でした。ヒカリは7歳で、大きな丸い目と、いつも笑顔の優しい顔を持っていました。

ヒカリは一人っ子で、お父さんとお母さんと三人で暮らしていました。お父さんは森で木を切る仕事をしていて、お母さんは美しい布を織る名人でした。

 ある夏の日、ヒカリは庭で遊んでいました。空は青く澄み渡り、白い雲がゆっくりと流れていきます。

「ヒカリ、もうすぐご飯だよ」とお母さんが呼びました。

「はーい!」ヒカリは元気よく答えました。でも、ちょうどそのとき、キラキラと光る小さな何かが空から落ちてくるのを見つけました。

「あれ、なあに?」

ヒカリはその光るものに近づきました。草むらの中に落ちたそれは、指先ほどの大きさの、小さな星のようでした。



ヒカリは恐る恐る手を伸ばし、光る小さな星に触れました。すると驚いたことに、星がぽっと明るく光り、小さな声が聞こえてきました。

「こ、こんにちは...」

ヒカリは驚いて手を引っ込めましたが、すぐに好奇心が勝ちました。

「あ、あなたは誰?」
とヒカリは尋ねました。

星は小さくため息をついて答えました。
「ぼくは、ホシノ。空からおちてきちゃったんだ...」

「星さんが話すの?」
ヒカリは目を丸くして聞きました。

「うん、ぼくたち星は空にいるときはみんなに話しかけているんだよ。でも、地上の人には聞こえないんだ」とホシノは答えました。

「わたし、聞こえるよ!」
ヒカリは嬉しそうに言いました。

「それは、ぼくが空から落ちてきたからかもしれないね」
とホシノは少し悲しそうな声で言いました。
「でも、ぼくは空に帰らなきゃいけないんだ...」



「ヒカリ!ごはんよ!」
再びお母さんの声が聞こえました。

「行かなきゃ...」
ヒカリはホシノを見ました。
「でも、あなたをここに置いていくの、心配だな...」

ホシノは小さく瞬きしました。
「大丈夫だよ。ぼく、ここで待ってるから」

ヒカリは考えて、そっと手のひらにホシノを乗せました。
「一緒においでよ。こっそり部屋に連れて行くね」

ヒカリはホシノを小さなポケットに入れて、家に戻りました。

夕食の間、ポケットの中のホシノはじっとしていました。食事が終わると、ヒカリは急いで自分の部屋に戻り、ホシノを取り出しました。

「ごめんね、暗かったでしょ?」

ホシノは明るく光って答えました。
「大丈夫だよ。ぼくは星だから、暗いところでも平気なんだ」

その夜、ヒカリとホシノはたくさんおしゃべりしました。ホシノは空の上の世界のことを話してくれました。どこまでも広がる青い宇宙のこと、きらきら輝く星たちのこと、そして夜になると星たちがみんなで歌う歌のことなど。

「ねえ、ホシノ。どうして落ちてきちゃったの?」
ヒカリは尋ねました。

ホシノは少し黙って、それから小さく答えました。
「ぼく...空で一番小さな星だったから。みんなと一緒に光るのが難しくて...それで、ちょっと疲れちゃったんだ...」


翌朝、ヒカリが目を覚ますと、ホシノは窓辺で静かに光っていました。

「おはよう、ホシノ!」
ヒカリは元気に言いました。

「おはよう、ヒカリ」
ホシノも明るく答えました。

「今日は村を案内してあげるね!」
ヒカリは嬉しそうに言いました。
「でも、誰にも見つからないようにしなきゃ...」

ヒカリは小さな布の袋を作り、そこにホシノを入れました。袋には小さな穴があいていて、ホシノはそこから外を見ることができました。

ヒカリは袋を持って、朝食を食べに行きました。

「おはよう、ヒカリ」
お父さんは笑顔で言いました。
「今日はどんな冒険をするの?」

「ひ・み・つ♪」
ヒカリは指を口に当て、ウインクしました。


朝食の後、ヒカリは村の中を歩き始めました。小さな市場では人々が野菜や果物を売っていて、子どもたちは広場で遊んでいました。

「ここが私の村だよ」
ヒカリは小さく袋に向かって囁きました。

「きれいな場所だね」
ホシノは答えました。
「みんなとても楽しそう」

村の外れにある小さな丘に着くと、ヒカリは袋からホシノを出しました。ここなら誰にも見つからないでしょう。

「ホシノ、空に帰りたい?」ヒカリは尋ねました。

ホシノは少し明かりを弱めて答えました。
「帰りたいけど...今はまだ力がないんだ。空まで飛べないよ...」

「じゃあ、元気になるまでうちにいればいいよ!」
ヒカリは微笑みました。
「友達だもん!」


数日が過ぎ、ヒカリとホシノはすっかり仲良しになりました。でも、ヒカリは心配になってきました。というのも、ホシノの光が少しずつ弱くなっているように見えたからです。

「ホシノ、大丈夫?」
ある夜、ヒカリは心配そうに尋ねました。

ホシノは小さく瞬いて答えました。
「う、うん...ただ、ちょっと疲れてるだけだよ...」

でも本当は、ホシノは地上にいると力が弱まっていくのです。星は空の高いところで、他の星たちと一緒にいるべき存在だったのです。

次の日、ヒカリが学校から帰ると、ホシノはほとんど光っていませんでした。

「ホシノ!」
ヒカリは急いでホシノのそばに駆け寄りました。
「どうしたの?」

「ヒカリ...」
ホシノの声はとても小さくなっていました。
「ぼく...もうすぐ消えちゃうかもしれない...」

「そんなこと言わないで!」
ヒカリは涙ぐみました。
「どうすれば元気になるの?教えて!」

ホシノは弱々しく答えました。
「星は...星どうしが近くにいると...力をもらえるんだ...でも、ここには...ぼくしかいない...」


ヒカリは必死に考えました。
「待ってて、ホシノ。きっと方法を見つけるから!」

ヒカリは村一番の賢い人、森の端に住むマツバさんを訪ねることにしました。マツバさんは100歳を超える老人で、多くの不思議な知識を持っていると言われていました。

「お母さん、ちょっとマツバさんのところに行ってくるね」
とヒカリは言いました。

「どうしたの?」
お母さんは不思議そうに尋ねました。

「ちょっと聞きたいことがあるの」
ヒカリは答えました。

マツバさんの小屋に着くと、ヒカリはドアをノックしました。

「どうぞ」
とかすれた声が聞こえました。

中に入ると、マツバさんは暖炉のそばで本を読んでいました。長い白いひげを持ち、優しい目をしていました。

「こんにちは、マツバさん」
ヒカリは礼儀正しく挨拶しました。

「おや、ヒカリじゃないか」マツバさんは笑顔で言いました。
「どうしたんだい?」

ヒカリは少し迷いましたが、すべてを話すことにしました。ホシノのこと、そして今ホシノが弱っていることを。

マツバさんは静かに聞いていました。話が終わると、彼は立ち上がり、古い本棚から一冊の大きな本を取り出しました。

「星の子が地上に落ちてくるのは珍しいことだよ」
マツバさんは言いました。
「でも、昔からそういう話はあるんだ」



マツバさんは本をめくりながら続けました。
「星の子を助ける方法は一つだけある。村の北にある『星見の丘』に連れていくんだ」

「星見の丘?」
ヒカリは尋ねました。

「そう」
マツバさんは頷きました。
「その丘は、天と地がもっとも近づく場所なんだ。そこなら、星の子は力を取り戻せるかもしれない」

「でも、その丘はどこにあるの?」
ヒカリは尋ねました。

マツバさんは古い地図を広げました。
「ここだよ。村から北に歩いて半日ほどの場所だ」

ヒカリは地図をじっと見つめました。
「遠いね...」

「しかも」
マツバさんは続けました。
「行くなら満月の夜がいい。その時が天と地が最も近づく時だからね」

「次の満月はいつですか?」
ヒカリは急いで尋ねました。

「明後日だよ」
マツバさんは答えました。

ヒカリは決心しました。
「ありがとう、マツバさん!行ってきます!」


家に帰ったヒカリは、急いで部屋に入り、ホシノに会いました。ホシノの光はさらに弱くなっていました。

「ホシノ、大丈夫?」
ヒカリは心配そうに尋ねました。

「ヒカリ...」
ホシノの声はかすかでした。
「ごめんね...もう、あまり話せないよ...」

「大丈夫だよ、ホシノ」
ヒカリは優しく言いました。
「助ける方法を見つけたよ。明後日の満月の夜、星見の丘に行けば、きっと元気になれるって」

ホシノは小さく瞬きました。それがうなずいているように見えました。

ヒカリは次の日、こっそりと旅の準備を始めました。小さなリュックサックに、水筒と少しの食べ物、そして地図を入れました。

夕食の時、ヒカリはお父さんとお母さんに向かって言いました。
「ねえ、明日ちょっと森で遊びたいんだけど、いい?」

「いいわよ」
お母さんは答えました。
「でも、あまり遠くに行かないでね」

「もちろん!」
ヒカリは約束しました。心の中で「ごめんなさい」と思いながら。

その夜、ヒカリはホシノに話しかけました。
「明日の夜、出発するよ。だから今はゆっくり休んで」

ホシノは弱く光りました。
「ありがとう...ヒカリ...」


満月の朝が来ました。ヒカリは早起きして、最後の準備をしました。

「いってきます!」
ヒカリは元気に言いました。

「気をつけてね」
お母さんは答えました。
「暗くなる前に帰ってくるのよ」

「はーい」
ヒカリは答えました。

ヒカリは村を出て、しばらく普通に歩いていました。そして誰も見ていないことを確認すると、地図を取り出し、北の方角に向かって歩き始めました。

小さな布の袋の中で、ホシノはほとんど光を失っていました。

「頑張って、ホシノ」
ヒカリは小さく囁きました。
「もうすぐだよ」

森の中を進むにつれ、道はだんだん険しくなりました。大きな木々が空を覆い、道はほとんど見えなくなっていました。

ヒカリは何度も地図を確認しながら、慎重に前に進みました。お昼頃、小さな川に出くわしました。

「ここを渡らなきゃいけないのかな...」
ヒカリは迷いました。

地図には川は描かれていませんでした。マツバさんの地図は古かったのでしょう。

ヒカリは川の浅そうな場所を探し、慎重に石の上を飛び石で渡りました。

「よかった」
ヒカリはほっとして言いました。でも、その瞬間、足元が滑り、ヒカリは川に落ちてしまいました。

「きゃあ!」

幸い川は浅く、すぐに立ち上がることができましたが、服はびしょ濡れになってしまいました。

「大丈夫だよ、ホシノ」
ヒカリは袋を確認しました。袋は防水だったので、中のホシノは無事でした。



太陽が西に傾き始めました。ヒカリは疲れていましたが、まだ星見の丘に着いていません。

「おかしいな...」
ヒカリは地図を見ながら呟きました。
「もう着いているはずなのに...」

周りを見渡すと、どこも同じように見える森ばかりです。

「迷子になっちゃったかも...」
ヒカリは不安になりました。

袋の中からかすかな光が見えました。ホシノが頑張って光っているのです。

「ホシノ、がんばって」
ヒカリは励ましました。
「必ず丘を見つけるから」

その時、遠くで「ホーホー」というフクロウの鳴き声が聞こえました。ヒカリはその音のする方向を見ました。



そこには大きなフクロウが木の枝にとまっていました。フクロウは黒い目でヒカリをじっと見つめていました。

「こんにちは、フクロウさん」
ヒカリは礼儀正しく言いました。
「星見の丘を探しているんだけど、知ってる?」

フクロウは「ホーホー」と鳴き、羽を広げて飛び立ちました。そして少し飛んだところで、また止まり、ヒカリの方を見ました。

「ついてきてほしいの?」ヒカリは尋ねました。

フクロウは再び「ホーホー」と鳴きました。

「わかった、行くよ!」
ヒカリはフクロウの後を追いかけ始めました。



フクロウに導かれて森の中を進むうちに、ヒカリは他の動物たちにも出会いました。小さなリスが木から木へと飛び移りながら、ヒカリの前を案内してくれます。

「みんな、どうしてわたしを助けてくれるの?」ヒカリは不思議に思いました。

小さな袋から弱い光が漏れていることに気づきました。

「もしかして...ホシノのおかげ?」

実は、動物たちは星の光に引き寄せられていたのです。星の子が地上にいるのは珍しいことで、彼らもホシノを助けたいと思っていました。

道は次第に上り坂になりました。ヒカリの足は疲れていましたが、諦めずに歩き続けました。

「もうすぐかな...」

ようやく木々が少なくなり、開けた場所に出ました。そこは小高い丘の上でした。

「ここが星見の丘?」
ヒカリは周りを見回しました。

丘の上からは、村全体が見渡せました。そして空を見上げると、満月が美しく輝いていました。

「綺麗...」
ヒカリは思わず言いました。

フクロウは丘の中央にある大きな平らな石の上に止まりました。

「あそこに行けばいいの?」
ヒカリは尋ねて、石に向かって歩きました。


丘の上の大きな石に着くと、ヒカリは小さな袋からホシノを取り出しました。ホシノの光はとても弱く、ほとんど見えないほどでした。

「ホシノ、ここが星見の丘だよ」
ヒカリは優しく言いました。
「もうすぐ満月が真上に来るから、ここで待とうね」

ヒカリはホシノを石の上に置き、そばに座りました。月は徐々に高く昇っていきます。

「ホシノ、大丈夫?」
ヒカリは心配そうに尋ねました。

返事はありませんでした。ホシノの光はさらに弱くなっているようでした。

「お願い、月さん」
ヒカリは空を見上げて祈りました。
「ホシノを助けて...」

時間がゆっくりと過ぎていきました。ヒカリは不安になってきました。
「本当にここで良かったのかな...」


しかし、ちょうどその時、月が丘の真上に来ました。月の光が石の上に注がれ、ホシノを包み込みました。

すると、驚くべきことが起こりました。月の光がホシノに当たると、ホシノは少しずつ明るく光り始めたのです。

「ホシノ!」
ヒカリは喜びました。

ホシノの光はどんどん強くなっていきました。やがて、ホシノは青白い光に包まれました。

「ヒカリ...」
ホシノの声が聞こえました。
「力が戻ってきたよ...」

「よかった!」
ヒカリは嬉しくて涙が出てきました。


ホシノの光は明るさを増し、やがて小さな人の形になりました。星の子の姿です。

「わあ!」
ヒカリは驚きました。
「ホシノ、人間みたいになったね!」

ホシノは微笑みました。彼は小さな男の子のような姿で、全身が青白い光で包まれていました。

「これが僕の本当の姿なんだ」
ホシノは言いました。声はもう弱くなく、明るく響きました。
「月の光のおかげで、力が戻ったよ」

「本当に良かった」
ヒカリは安心しました。
「これで空に帰れるね?」

ホシノは少し考えるように首を傾げました。
「うん、でも...まだ少し時間がかかるかも。もう少し力を集めないと」

「じゃあ、また明日の夜も来ようか?」
ヒカリは提案しました。

「うん、そうしよう」
ホシノは頷きました。
「でも、ヒカリ、もう遅いよ。家に帰らなきゃ」

ヒカリはハッとしました。
「あ!お父さんとお母さん、心配してるかも!」

「僕はここで待ってるよ」
ホシノは言いました。
「大丈夫、もう消えたりしないから」

「約束だよ?」
ヒカリは小指を立てました。

「約束」
ホシノも光る小指を立て、ヒカリと小指を絡ませました。


ヒカリは急いで丘を下り始めました。でも、すぐに問題にぶつかりました。暗い森の中で、道を見つけるのが難しかったのです。

「どっちに行けばいいんだろう...」
ヒカリは不安になりました。

ちょうどその時、青い光が空から降りてきました。それはホシノでした。

「ヒカリ、僕が道を照らすよ」
ホシノは明るく光りながら言いました。

「ホシノ!でも、丘を離れて大丈夫なの?」
ヒカリは心配しました。

「少しの間なら大丈夫」
ホシノは答えました。
「村まで送るよ」

ホシノの光に導かれ、ヒカリは迷わず森を抜けることができました。ホシノはヒカリの頭上を飛びながら、道を照らしてくれました。

「ホシノ、ありがとう」
ヒカリは言いました。
「本当に優しいね」

「ヒカリが僕を助けてくれたから」
ホシノは微笑みました。
「友達だもん」

村が見えてきたとき、ホシノは止まりました。
「ここまでにするね。人に見られちゃうと大変だから」

「うん、わかった」
ヒカリは頷きました。
「また明日、星見の丘で会おうね」

「約束だよ」
ホシノは光を強め、一瞬ヒカリを包み込みました。それは暖かい抱擁のようでした。

そして、ホシノは空高く飛び上がり、星のように小さくなって消えていきました。


家に着くと、ドアが勢いよく開き、お父さんが飛び出してきました。

「ヒカリ!」
お父さんの声は怒りと安堵が入り混じっていました。
「どこにいっていたの?心配したんだよ!」

お母さんも出てきて、ヒカリをぎゅっと抱きしめました。
「ああ、無事で良かった...」

「ごめんなさい...」
ヒカリは小さな声で言いました。
「森で遊んでいたら、道に迷っちゃって...」

「だから言ったでしょう、暗くなる前に帰ってくるようにって」
お母さんは厳しく言いました。

「もう二度と一人で遠くに行っちゃダメだよ」
お父さんも真剣な顔で言いました。
「何かあったらどうするの?」

「ごめんなさい...」
ヒカリは本当に申し訳なく思いました。でも、ホシノのことは言えませんでした。

「明日からしばらく、外で遊ぶのは禁止だからね」
お父さんは言いました。

「え!」
ヒカリは驚きました。
「でも...」

「でもじゃないよ」
お母さんはきっぱりと言いました。
「あなたが無事に帰ってこなかったら、どんなに心配したか分かる?」

ヒカリは黙ってうなずきました。でも心の中は混乱していました。「ホシノと約束したのに...どうしよう...」


次の日、ヒカリは家の中で過ごさなければなりませんでした。窓から外を見ると、素晴らしい晴れの日でした。

「ホシノ、待ってるかな...」
ヒカリは心配していました。

お昼頃、マツバさんが訪ねてきました。

「こんにちは」
マツバさんはヒカリに微笑みかけました。
「調子はどうだい?」

ヒカリはマツバさんに話しかけたかったのですが、お父さんとお母さんがそばにいたので、何も言えませんでした。

「元気です...」
ヒカリは小さく答えました。

マツバさんはヒカリの表情を見て、何かを察したようでした。
「そうかい。ところで、今夜は満月だね。とても美しいはずだよ」

ヒカリはハッとしました。これはマツバさんからのメッセージかもしれません。


マツバさんが帰った後、ヒカリはお父さんとお母さんに近づきました。

「ねえ、ごめんなさい。昨日は本当に悪かったと思ってる」
ヒカリは真剣に言いました。
「でも、今日はとても大事な約束があるの」

「約束?」
お父さんは眉をひそめました。
「誰と?」

ヒカリは一瞬迷いましたが、本当のことを話すことにしました。もちろん、全部ではありませんが。

「星を見る約束なの。今日は特別な星が見えるって、マツバさんが教えてくれたの」

お父さんとお母さんは顔を見合わせました。

「それで昨日、星が良く見える場所を探していたの。それで迷子になっちゃったんだ」
ヒカリはできるだけ正直に話しました。

お母さんは心配そうな顔をしました。
「でも、また一人で行くつもりなの?」

「そうなの...」
ヒカリは小さな声で言いました。
「今日は満月で、特別なんだって」

お父さんは腕を組んで考えていました。
「ダメだよ、ヒカリ。昨日のことがあるんだから」

ヒカリの目に涙が浮かびました。
「でも、約束したの...」

そのとき、再びドアをノックする音がしました。

「はい」
お母さんがドアを開けると、マツバさんが立っていました。

「こんばんは」
マツバさんは微笑みました。
「実は、今夜の満月について話したくてね。村の子どもたちに星の話をしようと思っているんだ。ヒカリも来ないかい?」

ヒカリは驚いて目を見開きました。マツバさんは助けてくれているのです。

お父さんとお母さんは顔を見合わせました。

「マツバさんが一緒なら...」
お母さんは言いました。

「そうだな」
お父さんも頷きました。
「マツバさんと一緒なら安心だ」

「本当?行ってもいい?」
ヒカリは喜びました。

「ええ、でも9時までには帰ってくるのよ」
お母さんは念を押しました。

「約束する!」
ヒカリは嬉しそうに言いました。


マツバさんとヒカリは家を出ました。少し歩いたところで、ヒカリはマツバさんにお礼を言いました。

「ありがとう、マツバさん。どうして助けてくれたの?」

マツバさんは優しく微笑みました。
「星の子と友達になれるのは特別なことだからね。そんな機会は逃したくないだろう?」

「星見の丘まで一緒に行ってくれるの?」
ヒカリは尋ねました。

「いいえ」
マツバさんは頭を振りました。
「私はもう年だからね。村の外れまでしか行けないよ。でも、これを持っていくといい」

マツバさんは小さな光る石をヒカリに渡しました。

「これは月石だよ。道に迷ったら、これが光って道を示してくれる」

「わあ、すごい!ありがとう!」
ヒカリは石を大事そうに受け取りました。


マツバさんと別れた後、ヒカリは急いで星見の丘に向かいました。昨日よりも道がわかりやすくなっていました。月石の助けもあり、迷うことなく丘にたどり着きました。

丘の上に着くと、ホシノが待っていました。彼は昨日よりもさらに明るく光り、少年の姿がはっきりと見えました。

「ヒカリ!」
ホシノは嬉しそうに声をあげました。
「来てくれたんだね!」

「ごめんね、遅くなって」
ヒカリは息を切らしながら言いました。
「少し大変だったんだ」

「大丈夫だよ」
ホシノは微笑みました。
「僕も一日中ここで力をためていたんだ。見て!」

ホシノは手を上げると、小さな光の玉を作り出しました。それは美しく輝き、ゆっくりと空中を浮かんでいました。

「すごい!」
ヒカリは感嘆しました。
「もう元気になったの?」

「うん、だいぶ良くなったよ」
ホシノは嬉しそうに言いました。
「でも...」

ホシノの表情が少し曇りました。

「でも、何?」
ヒカリは尋ねました。

「僕、もうすぐ空に帰らなきゃいけないんだ」
ホシノは小さな声で言いました。
「明日の満月が最も明るい時に」

ヒカリは悲しくなりました。
「そっか...もう帰っちゃうんだね」
「うん...」
ホシノも悲しそうでした。
「でも、今日は一緒に遊ぼう!僕の力が戻ったから、色々できるんだ!」
ホシノは手を広げると、周りの空気が光り始めました。小さな光の粒子が舞い上がり、様々な形になっていきます。

「これは、星の力だよ」
ホシノは説明しました。
「僕たち星の子は、光を操ることができるんだ」

ホシノは手を動かすと、光の粒子が動物の形になりました。光のウサギ、光の鳥、光のキツネが丘の上を駆け回ります。

「わあ!きれい!」
ヒカリは歓声を上げました。

「触ってごらん」
ホシノは勧めました。

ヒカリが恐る恐る手を伸ばすと、光のウサギが近づいてきて、彼女の指先に鼻を寄せました。温かくて、くすぐったい感じがしました。

「これが星の世界なんだ」
ホシノは嬉しそうに言いました。
「いつも光と遊んでいるよ」

ヒカリとホシノは、光の生き物たちと一緒に丘の上を駆け回りました。ホシノは光の滑り台を作り、二人で滑ったり、光のブランコに乗ったりしました。

時間が経つのも忘れるほど、二人は楽しく遊びました。

やがて、ヒカリは石に腰掛けて休みました。

「ホシノ、星の世界はどんなところなの?」

ホシノは横に座り、空を見上げました。
「とっても広くて、明るくて、温かいところだよ。僕たち星の子はみんな仲良しで、宇宙の歌を歌ったり、光のダンスを踊ったりしているんだ」

「楽しそうだね」
ヒカリは微笑みました。


「うん」
ホシノは頷きました。
「でも...」

「でも?」


「でも、友達がいなかったんだ」
ホシノは静かに言いました。
「僕は小さな星で、あまり明るく光れなくて...みんなはいつも僕のことを見つけられなかったんだ」

ヒカリはホシノの手を取りました。
「でも、わたしは見つけたよ」

ホシノは明るく微笑みました。
「うん、ヒカリが見つけてくれた。だから僕、とっても幸せなんだ」

二人が話している間に、月はゆっくりと西に傾き始めていました。

「あ!」
ヒカリは突然思い出しました。
「9時までに帰らなきゃ!」

ホシノは少し寂しそうな顔をしました。
「もう行っちゃうの?」

「ごめんね」
ヒカリは申し訳なさそうに言いました。
「お父さんとお母さんと約束したから...でも、明日また来るよ!」

「約束だよ」
ホシノは小指を立てました。
「明日は...お別れの日だけど」

ヒカリは小指を絡ませました。
「うん...わかってる。必ず来るから」

ホシノは立ち上がり、光の粒子を集めました。それは美しいネックレスの形になりました。

「これ、プレゼント」
ホシノはネックレスをヒカリの首にかけました。
「いつでも僕のことを思い出せるように」

ネックレスは淡い青い光を放ち、触れるとほんのりと暖かかったです。

「ありがとう、ホシノ」
ヒカリは感動して言いました。
「わたしも何かあげたいな...」


ヒカリはポケットを探りましたが、何も持っていませんでした。そのとき、彼女の髪を結んでいたリボンが目に入りました。

「これ、持っていて」
ヒカリは髪からリボンを取り、ホシノに渡しました。
「わたしのこと、忘れないでね」

ホシノはリボンを受け取り、大事そうに胸に当てました。リボンは光に包まれ、ホシノの中に溶け込んでいきました。

「ありがとう、ヒカリ」
ホシノは優しく言いました。
「永遠に大切にするよ」


次の日、ヒカリはお父さんとお母さんに正直に話しました。星の子のことは言いませんでしたが、特別な友達と最後の別れをしなければならないことを伝えました。

「その子、村を離れるの?」
お母さんは尋ねました。

「うん...遠くに行くんだ」
ヒカリは答えました。

お父さんとお母さんは顔を見合わせ、頷きました。

「わかったわ」
お母さんは言いました。
「でも、今日はマツバさんと一緒に行きなさい」

「ありがとう!」
ヒカリは二人を抱きしめました。

夕方、マツバさんがヒカリを迎えに来ました。二人は村を出て、星見の丘に向かいました。

「マツバさん、星の子は本当に空に帰っちゃうの?」
ヒカリは歩きながら尋ねました。

「そうだね」
マツバさんは優しく答えました。
「星の子は空にいるべき存在なんだ。地上にいると、だんだん力を失っていってしまう」


「でも...」
ヒカリの声が震えました。
「もう会えないの?」

マツバさんは空を見上げました。
「星は決して消えないよ。いつでも空にいて、見守ってくれている」

丘に着くと、ホシノが待っていました。彼は今までで一番明るく輝いていました。まるで小さな太陽のようでした。

「ヒカリ!」
ホシノは喜んで呼びかけました。

「ホシノ!」
ヒカリは駆け寄りました。

マツバさんは少し離れたところに立ち、二人を見守っていました。

「今日は、お別れの日だね」
ホシノは静かに言いました。

「うん...」
ヒカリは悲しそうに頷きました。
「本当に行っちゃうんだね」

「行かなきゃいけないんだ」
ホシノは説明しました。
「でも、ヒカリ、僕はいつもそこにいるよ」
彼は空を指さしました。
「夜になったら、北の空を見てごらん。一番小さくて、でも頑張って光っている星、それが僕だから」



月が丘の真上に来ました。ホシノの周りの光が強くなりました。

「もう時間だね」
ホシノは言いました。

「行かないで...」
ヒカリは涙を流しました。

ホシノはヒカリの頬に手を当てました。その手は温かく、優しい光に包まれていました。

「泣かないで、ヒカリ」
ホシノは優しく言いました。
「離れていても友達だよ」


ホシノの体が少しずつ透明になり始めました。

「ヒカリ、ありがとう」
ホシノは微笑みました。
「君が僕を見つけてくれなかったら、僕はずっと小さな弱い星のままだったよ。君のおかげで、強くなれたんだ」

「ホシノ...」
ヒカリは声を詰まらせました。

「さよなら、じゃないよ」
ホシノは明るく笑いました。
「また会おうね、約束だ」

ホシノの体が完全に光になり、空高く上がっていきました。光は月の光と混ざり合い、やがて北の空に小さな新しい星として輝き始めました。

ヒカリの首にかけられたネックレスが明るく光りました。それはホシノからの最後のメッセージでした。

マツバさんがヒカリのそばに来て、肩に手を置きました。

「見てごらん、ヒカリ。新しい星だよ」

空には確かに、小さいけれど明るい星が輝いていました。

「ホシノ...」
ヒカリは星に向かって手を振りました。

その夜以来、ヒカリは毎晩北の空を見上げるようになりました。そして、小さくても一生懸命に光る星を見つけると、「こんばんは、ホシノ」と挨拶するのでした。

星のネックレスはいつも彼女の胸に光り、温かさを感じさせてくれました。それは、どんなに離れていても、友情は永遠に続くという証だったのです。




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