愛しのマイガール
過去の爪痕
❁。✩


──夜のオフィスは、やけに静かだった。

会議室での騒がしさも、タイピングのリズムも消えた本社ビルに残っているのは、俺のデスクに灯る一つのスタンドライトと、乱雑に並んだ報告書だけ。

蓬来瑠璃。
その名前が、ここ数日でどれほど社内外の“興味”を引いているか、数字で突きつけられる。

グループ内の広報部には、「婚約者にふさわしい人物なのか」という名目で、彼女の経歴や素行に関する問い合わせが、いくつも寄せられていた。SNSでは、瑠璃の過去をぼかしたような投稿が不自然に拡散され続けている。

法的な一線は、今のところギリギリ踏み越えていない。だが名誉をじわじわと削るような、静かな圧力。

どれもこれも、偶然で片付けるにはできすぎている。

「……下手な手を使いやがって」

手元の資料を指で弾く。

瑠璃を「月城家にふさわしくない女」に見せかけ、世間の“正しさ”を騙って潰そうとしている。

タイミング、手口、そして狙い。
全部わかりやすい。だが、それが一番厄介だ。

ノックの音。短く返事をすると、最近になってまた見慣れた仏頂面が入ってくる。

「調査がまとまりました」

淡々とした口ぶりで、天城は俺の前に新たな資料を置いた。

「やはり九条側の動きと見て間違いありません。蓬来さんの過去を狙った情報操作と、関係者への接触が確認されています」

「証拠は?」

「残念ながらグレーです。九条薫子本人の名前は出てきませんが、動いている記者の一部は、九条グループが主導する社交会に出入りしているのを確認しています」

そうだろうな。月城──もとい俺相手に、これだけ派手な喧嘩をふっかけてくるのだ。そう尻尾は出さないだろう。


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