愛しのマイガール
交換条件という名のプロポーズ
「……ハルちゃんが、なんで…?」
私が小さくつぶやいたその言葉に、ハルちゃんは静かに笑った。
けれどその笑みは、どこか冷静で。
昔の無邪気さをなぞるような、それとは違うものだった。
「君が蓬来瑠璃じゃなければ、俺は最初から無視してたよ」
(え……?)
思わず、息が止まった。
感情の揺れを感じさせないその声音が、逆に胸の奥深くに突き刺さる。
淡々としているのに、妙に優しく感じてしまったのは、私の心が弱っているからだろうか。
「……どうして、ここに……?」
私の問いに、彼はごく自然に答えた。
「翡翠から連絡があった。『妹のことで頼みがある』って」
翡翠とは、お兄ちゃんの名前。じゃああの時、お兄ちゃんが電話していた相手は…
それがハルちゃんだったのだと、私はその瞬間にやっと気がついた。
彼はスーツの裾を整えながら、ソファに腰を下ろした。
脚を組む仕草までもが様になっていて、ひどく遠い人のように見えてしまう。
(……ハルちゃん、すごく、かっこよくなってる)
昔はあんなに近くにいたのに。
今では、実家の月城グループで専務を務めている人。立場も、雰囲気も、すべてが変わっていた。
けれど——
その瞳だけは違っていた。
私のことを大切に見守るように見つめる、やわらかなまなざし。
それだけは、昔の“ハルちゃん”のままだった。
「座ってくれ。話を聞こう」
その言葉に促されて、私はぎこちなく向かいのソファへと腰を下ろした。
カップに注がれたミネラルウォーターがテーブルの上で透明にきらめいている。
その静かな輝きが、なぜだか余計に緊張を誘っていた。
私は、小さく深呼吸をしてから、話し始めた。