愛しのマイガール
交換条件という名のプロポーズ


「……ハルちゃんが、なんで…?」

私が小さくつぶやいたその言葉に、ハルちゃんは静かに笑った。

けれどその笑みは、どこか冷静で。
昔の無邪気さをなぞるような、それとは違うものだった。

「君が蓬来瑠璃じゃなければ、俺は最初から無視してたよ」

(え……?)

思わず、息が止まった。

感情の揺れを感じさせないその声音が、逆に胸の奥深くに突き刺さる。
淡々としているのに、妙に優しく感じてしまったのは、私の心が弱っているからだろうか。

「……どうして、ここに……?」

私の問いに、彼はごく自然に答えた。

翡翠(ひすい)から連絡があった。『妹のことで頼みがある』って」

翡翠とは、お兄ちゃんの名前。じゃああの時、お兄ちゃんが電話していた相手は…
それがハルちゃんだったのだと、私はその瞬間にやっと気がついた。

彼はスーツの裾を整えながら、ソファに腰を下ろした。
脚を組む仕草までもが様になっていて、ひどく遠い人のように見えてしまう。

(……ハルちゃん、すごく、かっこよくなってる)

昔はあんなに近くにいたのに。
今では、実家の月城グループで専務を務めている人。立場も、雰囲気も、すべてが変わっていた。

けれど——

その瞳だけは違っていた。

私のことを大切に見守るように見つめる、やわらかなまなざし。
それだけは、昔の“ハルちゃん”のままだった。

「座ってくれ。話を聞こう」

その言葉に促されて、私はぎこちなく向かいのソファへと腰を下ろした。

カップに注がれたミネラルウォーターがテーブルの上で透明にきらめいている。
その静かな輝きが、なぜだか余計に緊張を誘っていた。

私は、小さく深呼吸をしてから、話し始めた。


< 18 / 200 >

この作品をシェア

pagetop