愛しのマイガール
静かに宿す覚悟
翌朝の空気は昨日より幾分か冷たく、雲の隙間から差す光もどこか鈍かった。
るりはまだ部屋で休んでいた。昨夜はなかなか寝付けない様子だったので、起こさずにおいた。
俺は応接室へと向かう。途中、執事が静かに頭を下げた。
「天城弁護士がお越しです」
「ああ。ありがとう」
扉を開けると、天城がすでに席に着いていた。
皺ひとつないスーツに無表情。いつも通り、冷静そのものだ。
「相変わらず無駄に広い邸宅だな」
「いずれ本邸になるからな。それに、るりを妻として迎え入れるならこれくらいは必要だ」
「そーかよ」
皮肉まじりに言いながらも、天城はすぐに仕事モードへ切り替わる。そして手元の資料を俺の前に差し出した。
「昨日お話しした通り、正式な通知が届きました。差出人は九条薫子。“蓬来瑠璃が、婚約中の男性と関係を持ち、その婚約を壊した”として、慰謝料を請求しています」
封筒を開けて中身を確認する。
丁寧に整えられた文面。けれど、その下にある本音は、あまりに露骨だった。瑠璃の評判を落とすために、わざと“悪女”に仕立て上げようとしている。
「……示談に応じるつもりは無いようだな」
紙をめくる手には冷静を装っていたが、胸の奥では確かな怒りが広がっていた。
書面には、瑠璃が《《故意に》》他人の婚約者に手を出したように見せかける言い回しがいくつも潜んでいた。何も知らない者が読めば、きっと彼女を悪く思うだろう。
「榊に婚約者がいたことを、彼女は最後まで知らなかった。それでも九条はこうやって責めてくるのか」
「はい。榊氏と九条薫子の間には、昨年末に婚約の合意書が交わされています。しかし提出された交際中の記録を確認しましたが、婚約の存在をほのめかすような発言すら一度もありません。完全に隠していたと見て間違いありません」
「……榊の不誠実さのせいで、るりが悪者にされてるってわけか」
「九条側は蓬来さんが“故意に関係を持った”かのように印象づけ、社会的に非難されるよう仕向けています。法的な争点というより、名誉を貶めることが主な狙いです」
天城が静かに言葉を継ぐ。
「現時点では、法的に蓬来さんが責任を問われる可能性はほぼありません。ただし世間の目は別です。九条は“彼女に汚点がある”と印象づけることで、社会的に追い詰めようとしています」
「どこまでも卑劣なやり方だな」