宵の月、秘めたる契り―帝に愛された二人の女御―

第二部 政の命に咲く花

その一か月後――
綾子の入内が後宮に安定をもたらし、帝が日々の政務を淡々とこなしていたある日、左大臣・**藤原 公衡(ふじわら の きんひら)**が、静かに進言してきた。

「帝……そろそろ、もう一人、女御を迎えられてはいかがでしょう。」

帝・彰親は、扇を閉じて顔を上げた。

その目には迷いなく、はっきりとした想いが宿っている。

「朕は……綾子しか望んでおらぬ。」

だが、公衡は穏やかな笑みを崩さない。

一歩も引かぬその姿勢に、帝はわずかに眉を寄せた。

「……昔より、帝の妃は左右の大臣より立てるのが習わしにございます。」

それは、後宮の秩序と貴族社会の均衡を保つための、形式的な伝統であり、同時に**左大臣家としての“当然の期待”**でもあった。

公衡の言葉には、感情の起伏は見えない。

ただ静かに、しかし確実に圧を帯びていた。

「……誰がいるのだ。」

帝が問い返すと、公衡はゆるりと微笑み、ひとこと答える。
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