契りの花嫁 ~冷たい夫が、私に恋をした日~

第1部 政略の夜

ある日、父はいつになく重たいため息をついた。

「……もうこの家はおしまいだ」

「そんな……」

私は思わず声を漏らした。

白瀬家は代々続く旧華族の家。

格式と誇りだけは、どの家にも負けないと信じていたのに。

「商売に手を出した私が、愚かだった。」

父はそう呟くと、机の上にある帳簿を指先で押さえた。

借金――その言葉が口に出されなくても、私は知っていた。

けれど、ここまで深刻だとは思っていなかった。

「もう、どうにもならん。頼みの綱はただ一つ……おまえの嫁ぎ先だ。」

「そんなところ……あるの?」

私は思わず涙声で聞き返した。

答えを聞くのが怖かった。

父は無言で引き出しを開け、一通の封書を取り出す。

表書きには、見慣れぬ名前と家紋。

「南條家という。東京で事業を興し、今や政財界にも顔の利く家らしい。」

父の声は、どこかで何かを諦めたように、乾いていた。

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