影の妻、愛に咲く~明治の花嫁は、姉の代わりだったはずなのに~

第二部 偽りの花嫁

馬車の車輪が止まったとき、私はごくりと唾を飲み込んだ。

(ここが……黒瀬家。)

姉が着るはずだった、金襴緞子の打掛は、身体には少し大きい気がした。

でも、それを言う資格すら、私にはなかった。

一歩外へ出ると、早速ざわざわと人々の声が耳に入ってくる。

「ひゃああ、見てごらんよ。あれが高嶋家のお嬢様かねぇ。」

「なんて綺麗な着物……さすが名家だわ。」

「やっぱり格式が違うわねえ。」

その声に、思わず俯いた。

これは“私”に向けられた言葉じゃない。

“高嶋梨子”に向けられた、偽りの称賛。

着物が重たいのか、心が重たいのか、自分でも分からなかった。

門をくぐり、玄関先に立つと、使用人が一礼した。

「あの、黒瀬誠一郎様は……?」

「旦那様は中でお待ちでございます。」

やっぱり――

出迎えには来てくれなかったのだ、と胸が締めつけられる。
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