【完結済】家族に愛されなかった私が、辺境の地で氷の軍神騎士団長に溺れるほど愛されています

書籍発売記念SS◆小鳥たちは未来へと羽ばたく

 今日は久しぶりに、家族で南方の別邸を訪れる日。
 身支度を整えて玄関ホールに降りてきた私は、そこに子どもの姿が一人も見えないことに嘆息する。

「まったく、あの子たちは……。また侍女の手を煩わせているわね」
「ふふ。見てまいりますね、エディット様」

 カロルが苦笑し、子ども部屋へ向かおうとしてくれる。

「私も行くわ、カロル。どうせシャルロットは一番最後に降りて来るだろうし。ルイーズ、ショールを」

 私は振り返り、子どもたち四人分のお出かけ用ショールを持ってくれているルイーズから、その中の三枚を受け取る。
 最近すっかり一端のレディを気取るようになった八歳のシャルロットは、私より身支度に時間がかかることもよくある。自分の部屋で準備をしている彼女は、きっとまだ降りて来ないだろう。
 子ども部屋を覗くと、案の定シャルロット以外の三人はまだはしゃぎ回っていた。侍女たちが困り果てた様子でそれを見守っている。私は一度ため息をつき、厳しい声を上げる。

「エミール! ロラン! 出かけるから準備をと、お母様は朝食の時に言ったわよね? そんなに走り回って、アリスがぶつかって怪我をしてしまったらどうするの。もうお止めなさい」
「あっ! おかあさま!」
「おかあたまー! エミール兄たまが先にぼくのボールをとったのー」

 そう言いながら、布製の小さなボールを持って走り回るエミールをロランが追いかけ、部屋中を走っている。末娘のアリスは、そんな二人の兄を楽しそうな顔でトコトコと追いかけている。
 元気にすくすくと成長してくれるのは嬉しいけれど、わんぱくすぎるのも困ったものだ。私がちょっと強く注意をしたくらいでは、全然響かない時がある。
 さてどうしようか……と眉をひそめていると、背後から低く太い声がした。

「お前たち、まさかまた母様を困らせているのか」

 振り返ると、マクシム様がむっつりとした表情で室内に入ってきたところだった。もう外出用のコートを
羽織っている。
 するとたった今までキャッキャとはしゃぎ回っていた息子二人がぴたりと止まり、突風に飛ばされた落ち葉のようにサササッと私のもとへと集まってきた。思わず笑ってしまう。やはりマクシム様はすごい。
 アリスだけはその後ろから、相変わらず楽しそうにゆっくりとこちらへ歩いてきた。

「ふふ。いい子ね。さぁ、お洋服の上からこれを羽織ってね」

 そう言って私は、エミールに空色の、ロランに薄紫色のショールをかけ、ブローチで留めた。

「……おかあさま、これなぁに?」

 エミールがすぐに、ショールに施された刺繍に気付く。私は息子に微笑みかけた。

「可愛いでしょう? あなたたち四人の新しいショールに、お揃いの刺繍を刺したのよ」
「ことりしゃんだ!」

 ロランがショールの刺繍を見ながら声を上げる。

「ええ。幸せを運んできてくれる青い小鳥さん。周りにはクローバーが舞っているのよ。素敵でしょう?」
「すっごーい! おかあさま、上手!」

 エミールがキラキラした目で刺繍を触りながらそう言ってくれた。
 小鳥とクローバーの他に、光の粒をイメージした細やかな刺繍や、全体を囲う銀色のリボンなども刺してある。四人分全く同じように施すのはなかなか骨が折れたけれど、とても楽しかった。

「……最初はあんなにたどたどしい腕前だったお前が、今ではこんな見事な刺繍を刺すのだからな。大したものだ」

 私の隣に立ち支度の様子を黙って見ていたマクシム様が、ぽつりとそう言った。

「……もしかして……あのハンカチのことをおっしゃってます?」
「ああ。これのことだ」

 彼を見上げそう尋ねる私に微笑み、マクシム様が懐からハンカチを取り出した。
 それは紛れもなく、あの時戦地に赴く彼に私が贈ったものだった。
 真っ白なハンカチには、銀糸と紺色の糸で施された下手っぴな花びらが重なっている。
 マクシム様と私の、瞳の色。
 彼の懐からそれが出てきたことに驚いた。

「あ、あれからもう十年近く経っているのに……まだ持っていらっしゃったのですか?」
「当然だ。人生の最後の瞬間まで手放す気はないぞ」
「……マクシム様……」

 彼の言葉と、私を見つめるその優しい笑顔。あの頃の切ない想いが胸を満たし、つい瞳が潤んでしまった。
 恥ずかしくなって彼から目を逸らすと、そばにやって来たアリスが、私の手にある薄桃色のショールをその小さなおててで握った。
 娘にも兄たちと同じようにショールをかけてやり、ブローチで留め、柔らかなその頬にそっとキスをした。

 全員で玄関ホールに戻りしばらく待つと、ようやく長女が降りてきた。

「お待たせしてしまってごめんなさい! お母様、どう? このドレス。似合う?」

 私の顔を見るなりそう言い、目の前でくるりと回ってみせる娘。セージグリーンと白を基調とした爽やかなデイドレスは、快活な娘にとてもよく似合っていた。

「ええ、素敵よ。いいドレスを選んだわね。この新しいショールにもよく合いそうだわ」

 そう言うと私は他の三人と同じように、シャルロットにもショールをかけた。

「まぁっ、とっても綺麗だわ! ミルクティーベージュがドレスにぴったり! ありがとうお母様! ……あら、この青い小鳥……」

 シャルロットもすぐに刺繍に気付いた。そして目を輝かせて声を上げる。

「お母様のお化粧台に置いてある、あのガラスの小鳥と同じポーズだわ!」
「あら、よく気付いたわね。……そうよ。お父様に昔いただいた、あのガラス細工の小鳥をイメージしたの」

 娘との会話を聞いていたマクシム様が目を丸くした。

「あのガラスの……。ふ……、お前も大事にしてくれているんだな」

 マクシム様も気付いたらしい。私は少し照れながら、彼を見つめて微笑んだ。
 嫁いできて初めての、領地の巡回視察。その時に、マクシム様が街の大通りのガラス細工店でひそかに買い求め、私に贈ってくれた小鳥の置物。
 これから広い世界へ羽ばたいていく私の未来が、素晴らしいものであるようにと、そうなるように私のそばにいると、あの時マクシム様はそう言ってくださった。
 あれからいろいろなことがあった。時には悩んで泣いて、心が折れそうになる瞬間さえあった。
 けれど私の人生は、マクシム様のおっしゃるとおり、素晴らしいものになった。
 この方の、深く大きな愛に包まれて。
 今私はマクシム様とともに、子どもたちの人生を見守っている。
 八歳のシャルロット、六歳のエミール、四歳のロラン、そしてもうすぐ二歳になる末娘のアリス。
 他の何ものにも代えがたい、マクシム様と私の宝物。
 飛び立とうとする青い小鳥と、周囲を舞ういくつものクローバーは、彼らの幸せな未来を願って刺したものだった。

「さぁ、行くぞ」
「「「はぁい!」」」

 片腕にアリスを抱き上げたマクシム様の声に、子どもたちが元気よく返事をする。

「参りましょう、エディット様っ!」
「ええ」

 家令に恭しく送り出され、私はカロルとルイーズとともに、玄関ホールから外に出る。
 前を歩くマクシム様の大きな背中と、子どもたちの弾む足取りを見つめながら、私の胸は喜びで満たされていく。

 愛する人たちの未来が、幸せなものでありますように。

 そう願った時、マクシム様がこちらを振り返り、私を見つめて微笑んだ────。





───────────────────────



領地の巡回視察やガラス細工などは、書籍で新たに書き下ろしたシーンで登場します。どうしてもその後の幸せなSSが書きたくて……。



この物語を読んでくださった皆様へ
心からの感謝を込めて。

本当にありがとうございました!




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