魔物の森の癒やし姫~役立たずスキル《ふわふわ》でちびっこ令嬢はモテモテです~

第28話 森の奥へ

 夜明け前。
 空がまだ、深く澄んだ群青色に染まっていたころ――リュミは目を覚ました。

 静まりかえった部屋の中で、体を起こす。
 窓をそっと開けると、刺すような冷気が頬を掠めて入り込み、思わず身を竦めた。
 ひゅう、と吹き抜けた風が、眠気の残る頭を一気に冴えさせる。

(今日……古龍さんのところへ、行くんだ)

 胸の奥にしまっておいた決意を、自分自身に言い聞かせるように心の中でつぶやく。
 その瞬間、きゅうっと胸が締めつけられ、呼吸が少しだけ浅くなった。

 昨夜のうちに荷物は整えてあった。
 干し肉、黒パン、水筒に、いざという時のための膏薬。
 リュックはそれほど重くない。けれど、それを背負う自分の背中が、ずしりと重く感じられた。

 足音もなく近づいてきたパッロが、リュミの手にぐい、となにかを押し当ててきた。
 手渡されたのは――鞘に収められた、銀のナイフ。

「護身用だ。……使わずに済むなら、それが一番いいけどな」

 パッロの声は、低くて落ち着いている。いつもと同じ、静かな声だ。
 けれど、その瞳の奥には、言葉にはしない不安の色がひそんでいた。
 きっと彼は知っている。これから向かう先が、どれだけ危険な場所かを。

 リュミは黙って頷く。
 銀のナイフをおそるおそる腰のベルトに差し込むと、鞘越しでも冷たさが指先に残った。

「……本当に行くのね?」

 その声に、振り返る。
 声の主は、椅子の背もたれにとまっていたリンコだった。
 羽を震わせながら、不安そうにリュミを見つめている。
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