魔物の森の癒やし姫~役立たずスキル《ふわふわ》でちびっこ令嬢はモテモテです~

第30話 瘴気の向こう

 倒れ伏した獣たちの亡骸をあとにして、リュミたちはさらに森の奥へと足を踏み入れた。
 さっきまでの激しい戦いが、まだ肌に焼きついている。けれど、立ち止まってはいられない。

 森の空気は、まるで時が止まったかのように静まりかえっていた。風もなく、木々のざわめきすら感じられない。それなのに、重くてねっとりとまとわりつくような瘴気だけが、ぬめるように空間を漂っている。

 まるで見えないなにかが、進もうとする足を押し戻そうとしているみたいに、皮膚にべったりと貼りついてくる。
 息を吸うたびに喉の奥が焼けるように痛み、胸の奥まで黒くて重い泥を流し込まれていくような錯覚に襲われる。
 呼吸が苦しくて、肺がぎゅっと押しつぶされそう。膝も笑い、何度も踏み出す足が震えそうになる。

「……濃いな」

 先頭を歩いていたエルドの低い声が、湿った空気を震わせる。

 リュミは思わず、袖で口元を覆った。
 鼻をつくにおいは、まるで鉄と腐った葉っぱを混ぜたようなにおいで、息を吸うたびに吐き気が込み上げる。
 頭がズキズキして、耳の奥がじんじんと痺れるような感覚に襲われる。

「ここ、なんだか……すごく、苦しいよ……」

 リュミが小さな声でそう言うと、肩に乗っていたムスティが「……ん」と小さく返した。
 ふだんは控えめすぎて、なにを考えているかわかりにくいムスティが、今は明らかに震えている。リュミにしがみつくその細い脚から、不安がじわりと伝わってきた。

「リンコ、だいじょうぶ……?」

 ふわりと横を飛んでいたリンコに声をかけると、彼女はピンと冠羽を立て、バサリと羽ばたいた。

「だ、大丈夫に決まってるでしょ! こんな瘴気、へっちゃらなんだから!」

 声はいつもより少し大きくて、どこか強がっているように聞こえる。
 翼の炎はかすかに明滅していて、無理をしているのは一目でわかる。
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