魔物の森の癒やし姫~役立たずスキル《ふわふわ》でちびっこ令嬢はモテモテです~

第31話 古龍

 視界がふっと開けた、その瞬間。
 リュミは思わず、足を止めてしまった。

 ただの一歩。それだけのことが、どうしてこんなにも怖いのか。
 胸の奥がきゅっと縮こまる。息を吸うことさえ、どこか躊躇われた。

 目の前に広がる光景は、あまりにも異様だ。
 どこまでも広がる地面は、まるで焼け焦げたように黒くひび割れ、草も木も、命あるものの姿はどこにもない。
 かつて森だったと思われる場所には、骨のように白くなった木の残骸が立ち尽くし、風が吹くたびに、かすかに軋む音を立てている。

 生き物の気配は、まるで最初から存在しなかったかのように消えていた。
 音も、においも、色さえも、どこか遠くへどこかへ連れ去られてしまったような、奪われた世界。

 そして、その中心に――それは、いた。

 言葉にするまでもなく、ひと目見た瞬間にわかった。
 それは、ただの生き物ではない。
 山のように大きく、威厳に満ちた存在――古龍。

 その巨体は、地に伏していた。
 けれど、眠っているというより、まるで時間に縫い止められ、そこに封じられているよう。

 折れた翼はどこからともなく生えた黒い根に絡みつき、身動きひとつ取れないまま、ただその場に存在している。
 地面には、濃く沈んだ黒い血が広がり、そこからにじみ出るように瘴気が立ち上っている。

 この森をかつて守ってくれた存在――それが今では、森を蝕む瘴気の源になっているなんて。

「……これが、古龍」

 リュミの喉が震えた。小さな声は掠れ、風にさらわれて消えてしまいそう。
 その隣で、エルドが静かに頷く。
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