魔物の森の癒やし姫~役立たずスキル《ふわふわ》でちびっこ令嬢はモテモテです~

第34話 季節は巡る

 あれから、季節はゆっくりと巡っていった。

 氷のように冷たく閉ざされていた森の奥は、やがてそのかたさをほぐし、一筋の日差しに応えるように、やわらかな芽吹きを見せ始めた。
 森を渡る風は冬の名残をかすかに残しながらも、どこかあたたかく、草や花の香りを含み、頬にふわりと触れてくる。

 雪解けの水は小さなせせらぎとなって光を弾き、空には鳥たちの声が高らかに響く。
 枝という枝が、小さな命の喜びに揺れている。

 リュミは今もヴィルダの森で暮らしている。
 あの古龍が消えた日から、もう数カ月が経っていた。

 戦いの記憶はまだ心の奥底に残ってはいたけれど、その爪痕は森の緑に包まれるように、ゆっくりと癒え始めている。
 倒れた木々には新しい芽が芽吹き、焦げた地面にも小さな草が顔を出している。

 そして、そこを吹き抜ける風は、以前よりもどこかやさしい。
 まるで森そのものが、長い眠りから目覚めて、また静かに息を始めたかのように。

 リュミは、そんな風の中で足を止め、大きく息を吸い込んだ。
 胸いっぱいに満ちるのは、あたたかな草の香りと、どこか懐かしい木のにおい。
 それだけで、体の奥から力が湧いてくるような気がする。

 足元には、小さな黄色い花がそっと咲いている。
 リュミはしゃがみ込み、そっとそれに指を伸ばす。
 そして――ふっと微笑んだ。

「……おかえりなさい」

 ぽつりと、独り言のようにつぶやいたその声に、まるで応えるかのように、周囲の木々がやさしくざわめいた。
 どこからともなく鳥の群れが降りてきて、リュミの肩や腕にぽとぽとと止まってくる。

「ふわぁ……重いよぉ」

 笑いながら体を傾けたその瞬間、背後の茂みががさりと揺れる。
 そこから姿を見せたのは、パッロとリンコ、そしてムスティだった。
< 173 / 215 >

この作品をシェア

pagetop