魔物の森の癒やし姫~役立たずスキル《ふわふわ》でちびっこ令嬢はモテモテです~

第39話 祈りを捧げよ

 馬車がゆっくりと止まった。
 かすかに揺れる感覚のあと、外から扉が開かれる。

 リュミは躊躇いがちに足を動かし、小さな靴で石畳に降り立った。
 視線を上げた瞬間――そこに広がる景色に、心臓がひとつ強く跳ねる。

 すべてが白い。壁も柱も、階段も塔も、なにもかもが、どこまでも白い。
 遠くから見ると美しいのに、近づくほどに、その白はただ冷たく、無言でリュミを圧迫してくる。

 そして、気づいた。

(……ここ……)

 この場所を、リュミは知っている。

 ここは――リュミの運命が変わった場所。
 スキル《ふわふわ》を授けられた、人生の分岐点。

 あの日のリュミは、緊張しながらもどこか浮き立つ気持ちで見上げていた。
 けれど今、こうしてもう一度立ってみると……全然違って見える。

 記憶よりもずっと高く、無機質で冷たく、近づきがたい。
 完璧すぎるほど整ったその姿が、かえって異質だ。

(……やっぱり、こわい)

 以前は見えていなかったものが、今は見える。
 気づかなかった重さ、空気の張り詰めた感じ、白の奥に潜む感情のない静けさ。

(……フォルステアの、おうちみたい)

 言葉にできない不安が押し寄せてきて、胸がぎゅっと苦しくなる。
 美しくて、完璧な世界。だけど、ひとつの汚れも許されなさそうで、足を踏み入れるのが怖い。
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