魔物の森の癒やし姫~役立たずスキル《ふわふわ》でちびっこ令嬢はモテモテです~

第41話 リュミの居場所

 やわらかな風が、森の木々の間をすっと抜けていく。
 緑に染まった若葉の香りが、その風に乗ってリュミのもとへと運ばれてきた。

 水の流れる音が、耳元でかすかに響く。小鳥たちが木の枝で楽しそうにさえずっている。
 枝先に咲いた小さな鼻が、風に揺れるたびに日の光を浴びてキラキラと瞬いていた。

 その穏やかさは、まるで――昨日あった出来事なんて、最初からなかったかのよう。

 リュミは深く息を吸いながら、草の上にそっと腰を下ろした。
 森の空気はやさしくて、ほんのり湿った土のにおいと、日差しのあたたかさを含んでいる。
 でも、胸の奥には、まだほんの少しだけ冷たいものが残っている気がした。

 それはたぶん、昨日までいた神殿の記憶。
 石の冷たさと、香の混ざった独特の空気。その残り香が、かすかにリュミの中にまだ漂っている。

 だけど、それをゆっくりと押し流すように、森のにおいが体の奥に満ちてくる。
 土と草のにおい。葉のざわめき。どこか懐かしいぬくもり。

「……うん。やっぱり、ここがいい」

 そう口にした瞬間、不思議と肩の力がふっと抜けた。
 森の風が、そっとリュミの頬を撫でていく。
 まるで、森そのものが「おかえり」とささやいてくれたようだった。

 リュミは小さく微笑んで、空を仰いだ。
 青空の向こうで、太陽の光が揺れている。昨日の恐怖も、胸の痛みも、少しずつ遠ざかっていく。

 怖かった。本当に、怖かった。泣き出しそうだった。
 でも、こうして森に帰ってこられた。それだけで、今はもう、十分だ。

「ありがとう。……みんな、助けに来てくれて」

 小さな声でそうつぶやいた、そのとき。
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