魔物の森の癒やし姫~役立たずスキル《ふわふわ》でちびっこ令嬢はモテモテです~

第14話 谷底で出会った魔物

 森を抜けると、足元の傾斜が、まるでなにかを拒むかのようにじわじわと急になっていった。
 湿り気を含んだ落ち葉が地面に厚く積もり、その下にはぬかるんだ土や滑りやすい岩肌が隠れていく。
 油断すればすぐに足を取られてしまいそう。
 リュミは息を整えながら、木の根や岩に両手を添え、慎重に、慎重に一歩ずつ下っていく。

 やがて、長い坂をようやく下りきると、そこに広がっていたのは、世界から切り離されたかのような静寂の谷底だった。
 時が止まったかのような空間。空気はどこか張り詰めていて、冷たさとともに、凜とした厳かな気配が漂っている。

 見上げれば、頭上には無数の木々の枝葉が幾重にも折り重なり、その隙間から細く空が覗いている。
 さっきまで聞こえていた鳥のさえずりも、風が枝葉を揺らすさざめきも、ここには届いてこない。ただ、ぽた……ぽた……と、水滴が岩肌から落ちるかすかな音だけが、谷底の静けさを際立たせていた。

 足元には、濃く深い緑色をたたえた苔が一面に広がっている。
 そのやわらかな感触を足裏に感じるたび、わずかに湿り気を含んだ土の香りがふわりと立ちのぼり、鼻をくすぐった。

「わぁ……すごい……!」

 巨岩に囲まれた空間を見上げながら、リュミは目を輝かせて感嘆の声を漏らした。
 岩肌の隙間には、小さな青い草がいくつも根を張り、しっかりと生えている。それはまるで、この厳しい環境の中でひっそりと命を育んでいるようだった。

「これかな? エルドさんが言ってた、めずらしい薬草……」

 リュミはその草を傷つけないように気をつけながら、両手でそっと包むように摘み取り、丁寧に小さなカゴに収めていく。
 ひとつひとつ確かめながら、手際良く作業を進めていく彼女の背後で、パッロは静かに座り込み、その様子を見守る。

「よく見つけたな、リュミ。すごいよ」

「えへへ! もう一回やるから、見ててね!」

「ああ、見ているからやってごらん」

 そう言われて、リュミの顔に自信に満ちた笑みが浮かぶ。
 褒められたことがうれしくて、認めてもらえたことがうれしくて、もっと頑張りたいという気持ちが胸の中で膨らんでいく。
< 65 / 215 >

この作品をシェア

pagetop