魔物の森の癒やし姫~役立たずスキル《ふわふわ》でちびっこ令嬢はモテモテです~

第17話 囚われのリス

 森は森でも、谷の森は様子が違う。

 切り立った崖の合間にひっそりと横たわる谷底では、日の光は枝葉の隙間からわずかに差し込むのみ。
 昼間でもどこか薄暗く、空気は常にひんやりと湿っていて、肌に触れると冷たささえ感じるほど。

 地面の土はしっとりと水気を含み、やわらかく沈み込むような感触を足裏に伝えてくる。
 踏みしめるたびにかすかな音を立てて、まるで森が呼吸しているように感じられる。

 辺りを包む緑の香りは濃密で、どこか甘い。
 湿った木の幹、草葉、苔、それらの香りが混ざり合い、鼻の奥にじんわりとまとわりついてくる。

 この独特な環境が、谷の森にしか育たない、特別な植物たちをひっそりと育んでいるのだろう。

 目を凝らしてよく見れば、岩陰や斜面の影など日の当たらない場所に、見慣れない草花がひっそりと姿を見せている。
 どれもがふつうの森ではお目にかかれない貴重な薬草ばかり。

 葉の縁が白く発光するように光っているもの。ほんのりと毒々しい甘い香りを放つ、赤い実をつけた草。
 慎重に扱わなければならないものも混ざっているが、それだけに希少で、価値の高い薬草が眠っていることは間違いない。

「ここなら、めずらしい薬草が見つかるかも!」

 リュミは目を輝かせて、弾む声を上げた。小さな体を前のめりにしながら、足元の草を両手で掻き分ける。
 すると――そこには、赤紫色の小さな花が一輪、まるで誰にも見つかりたくないとでも言うかのように、しずかにひっそりと咲いている。

「これ……本で見たのと同じ!」

 リュミはぱっとしゃがみ込み、小さな指で茎をそっと押さえる。
 葉の形、つき方、根の広がり方――すべて、薬草図鑑で覚えたばかりの特徴とぴったり一致している。
 喜びが胸いっぱいに込み上げてきて、思わず顔がほころぶ。
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