魔物の森の癒やし姫~役立たずスキル《ふわふわ》でちびっこ令嬢はモテモテです~

第20話 蜘蛛魔物のムスティ

 リンコが「ダメ!」と声を上げた。けれど、その叫びも届かないかのように、リュミは一歩、また一歩と前に出る。
 だって、藍影の魔蟲の大きな姿が、リュミにはどうしようもなく、ひとりぼっちで寂しそうに見えたから。

 胸の奥が、きゅうっと締めつけられるように痛む。

 目の前にいるそれは、たしかに危険で、そして怖れられている存在なのかもしれない。
 けれど、それだけではない。、誰かに寄り添ってほしいと願っているような、そんな気配が感じられる。

「《ふわふわ》になぁれ」

 リュミがそっとつぶやき、スキルを発動すると、手のひらからふわりと淡い光が舞い上がり、やさしく藍影の魔蟲の体を包み込んだ。
 光に包まれた巨大な体はふるふると震え、小刻みに揺れながら、まるで雪が溶けるように、ゆっくりと少しずつ縮んでいく。

 あれほど威圧的だった巨大な姿は、みるみるうちに小さく丸く変化し、やがてリュミの両手にすっぽりと収まるほどのサイズになった。

 その体は深い青紫に染まり、まるで熟したブルーベリーの実のような色合いになっている。全身を覆うふわふわの毛が、風にそよぐ綿毛のようにやさしく揺れる。

(こわくないよ……リュミとおともだちになろう?)

 リュミの心の声が、そっと相手に向けて放たれる。

 小さな瞳が、じっとリュミを見つめていた。そこには怒りも、恐怖も、敵意もない。まっすぐで、純真なまなざし。
 その瞳がわずかに細められ、ほんの少しだけ、表情が和らいだように見える。

「……リュミ! ダメだって言ったのに!」

 リンコの鋭い声が再び響く。今度は明らか怒りが混じっている。
 けれどリュミは静かに振り返り、ふわりと微笑む。
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