二度と恋はしないと決めたのに~フライトドクターに娘ごと愛されました~
1章
「ふう、やっと着いたね」
九月中旬。まだ夏の暑さが残る中、板倉千咲は一歳四ヶ月になる娘の紬を連れて、祖父母の墓参りにやって来た。
バスを降り、抱っこ紐の中の紬に話しかけると、手足をぱたぱたとさせて下りたいとせがまれる。
「紬、歩くの?」
「あいー」
千咲は首の後ろのベルトを外し、元気いっぱいに手を上げる彼女を地面に下ろした。
自宅からこの墓地まで約一時間。電車とバスを乗り継いできたが、土曜日のため席は開いておらず、八キロを超えた紬を抱っこしたまま立ちっぱなし。熱中症対策の飲み物や冷却グッズ、さらにオムツに着替えなどの大荷物を持つのは、慣れたとはいえやはり重い。
それに加え、長時間の移動に慣れていない紬がぐずって泣いてしまうのではとハラハラし通しだったため、身体的にも精神的にもすでに疲れ果てている。
それでも、よちよちと歩く紬の手を引きながら歩くのだから、まだ気は抜けない。
今日はオーバーサイズの黒のトップスに、白のスキニーパンツというラフなスタイルで来たが、それでもじんわりと汗が滲む。