旦那様は二人きりになると無口になるから仮初の夫婦なのかと思っていたけど、意外とそうでもなかった
反省会 その2
「というわけで、ちょっとだけ会話してきたわ!」
就寝前。
寝支度をしてもらいながら今日の出来事をリズに話した私は、ちらりと鏡越しにリズを見やる。
それまでは意気揚々と私の髪を梳かしていたリズだったが、私が話しおわるや否や、その場に膝から崩れ落ちてしまった。
「……あの……意気地なし!」
「リ、リズ!?」
とんでもない呟きが聞こえたと思うが、ひとまず聞かなかったことにする。
リズは数秒の間頭を抱えていたものの、すぐさま元のとおりに戻ると寝支度を再開した。
「つまり、会話という会話はできなかった……というわけですか」
「うん……そうなるわ……」
「いえ。話を聞くに旦那様のほうに非がありそうなので、奥様は悪くございませんわ」
心なしか同情的な視線を向けられているような気がする。
私は話題を変えるため「そういえば」と口を開いた。
「夕陽を一緒に見るのって、何か意味があるかって、リズは知ってる?」
「夕陽、ですか?」
きょとんとするリズ。
私が海の見える広場での出来事を話すと、彼女は「ふむ」と顎に手をやり考えこみ始めた。
「綺麗な景色を見せたかっただけで、他意はないのかしら?」
「どうでしょう。私は聞いたことがないのですが、もしかしたらフォンダン侯爵家に伝わる伝統……みたいなものがあるのかもしれません。ジェイクなら旦那様に仕えて長いですから、知っているかもしれないですが」
「そう。ならあとでジェイクに聞いてみるわ」
「いやいや、奥様!」
「へ?」
今度は私がきょとんとする番になる。
「それこそ、旦那様と『会話』をして知るべきです!」
「あ……たしかに、そうだわ……」
リズの熱弁を聞いて、腑に落ちる。
しかしすぐに疑問が湧いてきた。
「でも、どうやって旦那様と会話を続けたらいいのかしら? 今日もあまり会話は弾まなかったし」
「うーん……」
会話自体も続けることはできると思うのだけど、旦那様の行動から察するに、あの「夕陽を見る」という行為は、彼の中では結構大事なことなんじゃないか、と思っている。
何せ旦那様が珍しく、というかおそらく初めてご自身の我を通したから。
「聞くこと自体は簡単だと思うのだけど、私は旦那様の本心が知りたいのよ。これから何十年も一緒に生きていく人の大事なことを、上っ面だけ知って満足だなんて、いやだわ」
「奥様!」
ただの一意見を言っただけなのに、リズはなぜか目を潤ませはじめてしまった。
「奥様がそんなにも旦那様にご興味を持っていただけるだなんて……! リズはとても嬉しく思います!」
「私、そんなに旦那様に興味がないように見えるかしら」
「…………いいえ、とは言えない程度には」
なんだかそれはそれで申し訳ない気持ちになる。
もしかして旦那様が私に興味を持っていなかったから、ご自身の趣味だったりお仕事だったりを見せなかったし、あまつさえ白い結婚が2年も続いたということ?
「じゃあもしかして、この数年もの間、旦那様との関係が微塵も進展しなかったのは、私が旦那様に興味がないから遠慮されていたってこと?」
「いえ、それはございません。単純にあの野郎の幸せの基準が低すぎるあまり、今の関係で満足しているからなので」
ふと湧いて出た懸念に心配になっていたものの、リズの即答で少しばかり安心する。
っていうか今、あの野郎って言った?
……まぁきっと、長い間侯爵家に勤める侍女だからこそ、そういうフランクな物言いになるのでしょう。そういうことにしておきましょう。
私は髪を整え終えて櫛を置くリズを鏡越しに見ながら、肩を竦めた。
「でもどちらにせよ、旦那様と会話をするためには、まずは旦那様に一定以上の興味を持つところから始めないといけないということね」
「そのほうが良いかと思いますわね。たとえば旦那様のご趣味を一緒にやってみるとかはいかがでしょうか」
「それ、いいわね!」
手を合わせてリズに振り向く。
しかし数秒後、ふとある疑問が再び湧いた。
「……ねえ、リズ」
「どうされました?」
「旦那様の趣味って、なんだと思う?」
「…………」
ついにリズが黙ったまま頭を抱えはじめてしまった。
だって仕方ないじゃん! 本当に知らないんだもの!
「奥様…………本日、旦那様と一緒にいたことを思い出すと、何かひらめくものはありますでしょうか」
「えぇ……?」
今日、旦那様と一緒にいたことでひらめくもの……?
うーん、と悩む。
今日の出来事と言えば、フルーツチーズケーキをいただいて、海に連れていってもらったこと。
海の見える広場は、趣味と言える趣味ではないだろうし、海に行くこと自体は私がお願いしたことだから別に旦那様が好きなこと、ということではないだろう。
となると……
「お菓子が好きってこと……?」
おそるおそるリズにそう問う。
おそらく正解ではない、と思いながらも言ったのだが、案の定リズは再び頭を抱えた。
つまるところは、不正解ということになる。
「…………奥様、これはいけませんわ」
「わかってるわよ……」
なんだか恥ずかしくなってさえきてしまって、私は熱くなった顔を隠すように手で覆う。
そのうちにリズが立つ気配がして、指の間からちらりと彼女を見ると、リズは腰に手をやり仁王立ちスタイルになっていた。
「奥様。明日以降しばらく、『旦那様の愛を確かめる作戦』は中止です」
そして私の返答を待たずに、続けた。
「『奥様が旦那様に興味を持つ作戦』を決行します!」
就寝前。
寝支度をしてもらいながら今日の出来事をリズに話した私は、ちらりと鏡越しにリズを見やる。
それまでは意気揚々と私の髪を梳かしていたリズだったが、私が話しおわるや否や、その場に膝から崩れ落ちてしまった。
「……あの……意気地なし!」
「リ、リズ!?」
とんでもない呟きが聞こえたと思うが、ひとまず聞かなかったことにする。
リズは数秒の間頭を抱えていたものの、すぐさま元のとおりに戻ると寝支度を再開した。
「つまり、会話という会話はできなかった……というわけですか」
「うん……そうなるわ……」
「いえ。話を聞くに旦那様のほうに非がありそうなので、奥様は悪くございませんわ」
心なしか同情的な視線を向けられているような気がする。
私は話題を変えるため「そういえば」と口を開いた。
「夕陽を一緒に見るのって、何か意味があるかって、リズは知ってる?」
「夕陽、ですか?」
きょとんとするリズ。
私が海の見える広場での出来事を話すと、彼女は「ふむ」と顎に手をやり考えこみ始めた。
「綺麗な景色を見せたかっただけで、他意はないのかしら?」
「どうでしょう。私は聞いたことがないのですが、もしかしたらフォンダン侯爵家に伝わる伝統……みたいなものがあるのかもしれません。ジェイクなら旦那様に仕えて長いですから、知っているかもしれないですが」
「そう。ならあとでジェイクに聞いてみるわ」
「いやいや、奥様!」
「へ?」
今度は私がきょとんとする番になる。
「それこそ、旦那様と『会話』をして知るべきです!」
「あ……たしかに、そうだわ……」
リズの熱弁を聞いて、腑に落ちる。
しかしすぐに疑問が湧いてきた。
「でも、どうやって旦那様と会話を続けたらいいのかしら? 今日もあまり会話は弾まなかったし」
「うーん……」
会話自体も続けることはできると思うのだけど、旦那様の行動から察するに、あの「夕陽を見る」という行為は、彼の中では結構大事なことなんじゃないか、と思っている。
何せ旦那様が珍しく、というかおそらく初めてご自身の我を通したから。
「聞くこと自体は簡単だと思うのだけど、私は旦那様の本心が知りたいのよ。これから何十年も一緒に生きていく人の大事なことを、上っ面だけ知って満足だなんて、いやだわ」
「奥様!」
ただの一意見を言っただけなのに、リズはなぜか目を潤ませはじめてしまった。
「奥様がそんなにも旦那様にご興味を持っていただけるだなんて……! リズはとても嬉しく思います!」
「私、そんなに旦那様に興味がないように見えるかしら」
「…………いいえ、とは言えない程度には」
なんだかそれはそれで申し訳ない気持ちになる。
もしかして旦那様が私に興味を持っていなかったから、ご自身の趣味だったりお仕事だったりを見せなかったし、あまつさえ白い結婚が2年も続いたということ?
「じゃあもしかして、この数年もの間、旦那様との関係が微塵も進展しなかったのは、私が旦那様に興味がないから遠慮されていたってこと?」
「いえ、それはございません。単純にあの野郎の幸せの基準が低すぎるあまり、今の関係で満足しているからなので」
ふと湧いて出た懸念に心配になっていたものの、リズの即答で少しばかり安心する。
っていうか今、あの野郎って言った?
……まぁきっと、長い間侯爵家に勤める侍女だからこそ、そういうフランクな物言いになるのでしょう。そういうことにしておきましょう。
私は髪を整え終えて櫛を置くリズを鏡越しに見ながら、肩を竦めた。
「でもどちらにせよ、旦那様と会話をするためには、まずは旦那様に一定以上の興味を持つところから始めないといけないということね」
「そのほうが良いかと思いますわね。たとえば旦那様のご趣味を一緒にやってみるとかはいかがでしょうか」
「それ、いいわね!」
手を合わせてリズに振り向く。
しかし数秒後、ふとある疑問が再び湧いた。
「……ねえ、リズ」
「どうされました?」
「旦那様の趣味って、なんだと思う?」
「…………」
ついにリズが黙ったまま頭を抱えはじめてしまった。
だって仕方ないじゃん! 本当に知らないんだもの!
「奥様…………本日、旦那様と一緒にいたことを思い出すと、何かひらめくものはありますでしょうか」
「えぇ……?」
今日、旦那様と一緒にいたことでひらめくもの……?
うーん、と悩む。
今日の出来事と言えば、フルーツチーズケーキをいただいて、海に連れていってもらったこと。
海の見える広場は、趣味と言える趣味ではないだろうし、海に行くこと自体は私がお願いしたことだから別に旦那様が好きなこと、ということではないだろう。
となると……
「お菓子が好きってこと……?」
おそるおそるリズにそう問う。
おそらく正解ではない、と思いながらも言ったのだが、案の定リズは再び頭を抱えた。
つまるところは、不正解ということになる。
「…………奥様、これはいけませんわ」
「わかってるわよ……」
なんだか恥ずかしくなってさえきてしまって、私は熱くなった顔を隠すように手で覆う。
そのうちにリズが立つ気配がして、指の間からちらりと彼女を見ると、リズは腰に手をやり仁王立ちスタイルになっていた。
「奥様。明日以降しばらく、『旦那様の愛を確かめる作戦』は中止です」
そして私の返答を待たずに、続けた。
「『奥様が旦那様に興味を持つ作戦』を決行します!」